サーフェスデザインで切り拓く次世代のモビリティ
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今、大きな変革期を迎えているモビリティ業界。DNPでも、次世代のモビリティ社会の実現に向けた動きが加速している。これからのモビリティのあり方を考える取り組みの一環として、移動時に過ごす「空間」に求められる新たな価値について、製品の柄や手触りなどをデザインするサーフェスデザインを切り口に検討を進めている。この「サーフェスデザイン」の取り組みの中心にいるモビリティ事業部 MID(Mobility Innovative Design)チームのリーダー・太田浩永に、ビジネスの可能性や未来への展望を聞いた。
目次
視覚や触覚に直感的に訴える“サーフェスデザイン”という視点
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テクノロジーの進化や、地球環境に対する人々の意識の変化によって、「100年に一度の大変革期」に突入したと言われているモビリティ業界。
特に、従来は「走る・曲がる・止まる」というモノとしての自動車の価値が重視されていたのに対して、これからは人々の経験(コト)として「移動する時間と空間を快適化すること」が重要になる。
こうした発想の転換が求められているからこそ、CASE※1やMaaS※2といった次世代のモビリティのあり方を示すキーワードが注目を集め、各社が新たな価値・サービスを模索している。
- ※ 1 CASE(ケース):Connected(コネクテッド)・Autonomous/Automated(自動化)・Shared(シェアリング)・Electric(電動化)の略で、モビリティ業界の事業の方向性を示すキーワード 。
- ※ 2 MaaS(マース):Mobility as a Serviceの略で、ICTを活用し、交通手段による移動を「サービス」と捉えた新しい概念。
「モビリティのあり方はいま、『パーソナル』と『パブリック』に二極化し始めています。
ひとつは、多様な趣味やこだわりを持つ一人ひとりに向けた、その人だけの『パーソナルな空間』という役割。もうひとつは、カーシェアや自動運転に代表される、誰もが使える『パブリックな空間』という役割です。
この両極それぞれで、人々の時間の過ごし方がどう変わるのかについて、各社が模索している状態です。
モビリティの機能はさらに日常生活と切り離せなくなると思いますが、『パーソナル』でも『パブリック』でも、移動空間については、これまでのようなデザインの流行や生活者の好みに加えて、アートやテクノロジー、社会課題や思想的な価値観といった複眼的な視点で考えていかなければいけない時代がすでに訪れているのです」
そこでMIDチームは、「サーフェスデザインによって移動空間の快適性やそこで過ごす時間の価値を高めること」をミッションに掲げた。
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サーフェスデザインとは、人が接するプロダクトの表面(サーフェス)をデザインすること。
製品の色や艶、手触りなどの質感を最適にデザインすることで、人に与える印象をより良いものに変え、その製品が持つ意味や役割を示すことができる。
全体の造形と比べて、サーフェスはデザインできることが少ないと感じるかもしれないが、表面を構成する「色・素材・仕上げ(CMF:Color・Material・Finish)」は、視覚や触覚を通して人の感性に直接的に訴えかける要素であり、サーフェスデザインこそ生活者に最も身近なデザイン分野ともいえる。
特に今、MIDチームが注力しているのが、車のインストルメントパネルなどに使われる内装加飾フィルムだ。
DNPが長年、住宅用建装材などで培ってきた技術を応用し、衝撃や熱に対する耐性、汚れ防止といった機能を持たせたまま、本目調や⾦属調などのデザインや、触れてわかる質感(3次元のテクスチャー)などを付与することができる。
この内装加飾フィルムは、サーフェスデザインにおける大きな強みとなる。
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これからのモビリティをともに考えるパートナーとして
「ここ数年は、ブランドや商品のコンセプトをより強く意識したデザインが求められています。
そのため、ある自動車メーカーのクルマづくりのコンセプトに対して、私たちが提供するサーフェスデザインもコンセプトに即したものである必要があります。
例えば、『躍動感』というキーワードが反映されたコンセプトの場合、そこを起点に、その意図を深く解釈し、金属調にするか木目調にするか、マット(ツヤ無し)仕上げにするかツヤを入れるか、といった具体的なデザインアイデアへと落とし込んでいくわけです 」
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さらに直近では、「こうした流れに加え、“モビリティのあり方”の変化がサーフェスデザインの役割を高度化させている」と、太田は続ける。
「その企業が考えるモビリティ全体のコンセプトや企業姿勢といったものまでをビジュアルで表現するサーフェスデザインは、与えられたコンセプトだけで考えても成立させることが困難になっています。
広く社会全般に視野を広げ、私たちの日常を取り巻くデザインのトレンドや最新のテクノロジー、社会課題などにまで踏み込んだ提案でなければ、クライアントの期待に応えることができません。
ある意味でクライアントと同じ目線で社会にアンテナを張り、より上位のコンセプトに影響を与えるような提案が必要だと感じています」
そのための具体的なアクションのひとつとして、太田率いるMIDチームが手掛けているのが、「FUTURE-SPECT」の作成だ。
「社会課題」「Arts(芸術)」「Ideology(思想)」「Technology(新技術)」の要素についてDNP独自の視点で整理し、近未来のデザインコンセプトとしてまとめていくもので、ここから生まれるストーリーに沿って、複数のサーフェスデザイン案を提示していく。
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「『FUTURE-SPECT』は、クライアントとのミーティングの初期段階で提示する、アイデアのポートフォリオのようなものです。
これをもとに自動車メーカーのデザイナー等と意見を交換し、ブラッシュアップを重ねることでデザイン案を絞り込んでいきます。
すでに複数のメーカーから『一緒にやろう』とお声がけいただいています。」
モビリティ事業部デザイン活動紹介:動画 2分33秒
デザインアイデアの源泉は「体験」にある
これまでの仕事のやり方にとらわれず、提案型のデザインワークに取り組むMIDチーム。学生時代にデザインを学んだ太田やメンバーをはじめ、多くのデザイナー、ディレクターを抱えるクリエイティブ集団だ。
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コンセプトワークから内装加飾フィルム等の製品展開までを手がけていくには、メンバー全員が世の中のアートシーンや社会課題を認識するだけでなく、社会への実装を見据えて、サーフェスの技術的な知見も備えておく必要がある。
そこで太田は常々、メンバーに「体験価値」の大切さを問いかけているという。
「サーフェスデザインを提供する以上、素材の可能性に着目することが何より大切です。
同時に、最新のテクノロジーやデザイントレンドにも敏感でなければなりません。その際、資料やニュースを見るだけではなく、『実際に体験してほしい』とメンバーに伝えています。
例えば、モーターショーに行ったら、見た目だけでなく、ドアの開け閉めの感触や内装・外装の素材感について、自分の五感を駆使して感じ取ってほしい。
デザインのアイデアは、そうした実感をともなって生み出されるものだと考えています。」
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- ※フランクフルトで2年に1度開催される国際モーターショー(IAA)への視察(写真左)のほか、さまざまな素材(マテリアル)の利用について学ぶため、加工工場への訪問(写真右)なども行っている。
太田が語る体験価値の重要性は、フィルムに転写する柄の原稿になる「素材」の調達にも表れている。
「内装加飾フィルムに『ストーリー』を持たせるためには、そもそものデザインの元となる『原稿』とも言える木材や金属などの『素材』に対する理解と選定がキーになります。
そのためには、より多くの素材に接し、自分自身が実感を得るというプロセスが欠かせません。
輸入業者などを介さず、メンバー自身が直接海外に行くなどして、気になった素材を調達している私たちのようなチームは、同業では珍しいかもしれません。
実際に、DNPの木目柄について各社から高く評価していただいています。」
オールDNPで社会全体を美しく
従来の印刷業界のビジネスが受注型だとすると、現在DNPは、受け身ではない提案型の協業スタイルへの移行を進めている。
「知とコミュニケーション」「食とヘルスケア」「住まいとモビリティ」「環境とエネルギー」という4つの成長領域を設定し、主体的に価値の創出に取り組んでいるのだ。
そして、DNPがこれまで培ってきた幅広いビジネスの実績と技術・ノウハウが、“デザインをプロダクトに落とし込む”ときの強みとなり、最適な目線・評価基準になっている。
「DNPは製品・サービスのサプライヤーとして、さまざまな業界の得意先企業の要望に向き合ってきましたが、その積み重ねの上で今、私たち自身が主体となって社会や生活者に向き合い、新しい価値の創出に取り組んで、新たなレガシーを生み出していきたいと思います。
私たちのチームの“提案型コンセプトワーク”も、そうした流れの延長線上にあることは間違いありません」
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DNPは2019年に、各部門のシナジーをより高めるため、デザインに精通したディレクターを養成するプロジェクト もスタートさせている。
「こうしたプロジェクトは、社内のデザイナーやディレクターが、担当する業界を越えて知見をシェアし合える絶好の場だと思います。
例えば、モビリティ関連事業の部署と食品や生活用品の包装材を扱う部署がタッグを組んで、プラスチックのリサイクルについて検討しています。
その中で、色が着いている再生プラスチックをあえてデザインに取り入れることで、環境負荷軽減にチャレンジする企業としての姿勢を体現できないかなどについて話し合っています。
DNPの事業展開の幅の広さを活かして、社内のデザイナーが、関わる一つひとつのものを美しくデザインしようと心掛ければ、“暮らし全体を美しくする”ことも夢ではないと実感できるほど、刺激を受けています」
メーカー各社もさまざまなチャレンジを続けるなか、社会環境を的確に分析しながら、DNPの強みを掛け合わせ、モビリティの新たな価値の創出に挑んでいるMIDチーム。
製品・サービスのサプライヤーだからこそ実態を踏まえられるし、さらにそこからの自由な発想が期待され、そして従来のサプライヤーの枠組みを越える取り組みにもチャレンジできる。
独自の視点と幅広い技術・ノウハウでモビリティの“未来のあたりまえをつくる”DNPの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
【プロフィール】
大日本印刷株式会社 モビリティ事業部
イノベーティブデザインチーム リーダー
太田浩永(おおた・ひろひさ )
武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科卒業後、2006年大日本印刷株式会社入社。建材事業部KPC本部配属から、住宅の床や壁材、自動車の内装材などのサーフェスデザインを担う。2020年にモビリティ事業部イノベーティブデザインチームのリーダーとなる。
受賞歴として、国際家具デザインコンペティション premio vico magistretti ‘living simplicity’ ショートリスト(2007)、京もの文化イノベーション事業「新ものづくり創造コンペティション」企業賞(2011)、WISE-WISE「にっぽんの木 100年家具コンペティション」ファイナリストがある。
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