地域の医療課題に挑む医師が語る医療MaaSの未来とは?
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デジタル田園都市国家構想の実現に向けて、DNPが推進する「地域DX推進サポートサービス」。三重県の大台町・多気町・紀北町・明和町・度会町が連携して取り組む「三重広域連携モデル」では、「地域DX」の一環として、移動(モビリティ)の利便性を高めて医療の価値向上を目指す「医療MaaS(Mobility as a Service)」の実証実験を進めてきた。過疎化や住民の高齢化に起因する地域の医療課題に、“モビリティの力”をどのように寄与させるのか。さまざまな用途に対応できる“マルチタスク車両”を活用した実証実験にご協力いただいた大台町報徳診療所の松島康所長にお話をうかがった。
目次
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大台町報徳診療所 所長 松島康 先生
1952年三重県生まれ。東京医科大学外科学大学院課程修了後、アメリカ・アルバータ州立大学病院留学等を経て、2001年、三重県鈴鹿市の鈴鹿回生病院副院長呼吸器外科部長に就任。2018年より同県多気郡大台町の報徳診療所所長兼一般内科医として勤務する。東京医科大学外科ならびに三重大学胸部外科所属。専門は一般外科、呼吸器外科、一般内科。
限界集落を抱える、三重県大台町の医療課題
三重県中部に位置し、約8,600人の住民が暮らす大台町。地域の医療を支える報徳診療所は、2006年に同町と合併した旧宮川村の地域で営まれている。宮川村にはもともと報徳病院があったが、人口減少などを受けて存続が困難になったことと、大台町にも中心となる病院があったことから、2015年に閉院し、代わりにこの診療所が開設された。地域医療の大切な担い手である松島康所長は、多忙な日々を送っている。
「報徳診療所では、主に旧宮川村地域に住む患者の診療を担当しており、私を含む2人の医師が勤務しています。毎日の一般診療のほか、山奥にある別の診療所にも週に2回通っており、こちらは車で片道30分の移動が必要です。また、事業所健診・住民健診・特定健診や、保育園と小中学校での学校医のほか、必要に応じて産業医としても活動しており、患者一人ひとりの自宅まで訪問してケアすることは、かなり困難な状況になっています。」
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“奥伊勢”と称される旧宮川村地域は、美しい自然に囲まれているが、山奥には限界集落*も存在する。利用できる公共交通機関が少なく、かつては自動車を運転して診療を受けに来ていた患者も高齢化し、運転免許証を返納するケースも増えてきた。
*限界集落:人口の半数以上が65歳以上で、水や道路等の生活インフラの維持・管理、共同生活の維持などが限界に近づきつつある共同体。
「独居の高齢者が多いことも課題だと感じています。生活インフラが整っている地域ではなく、生活用品を購入できる商店はひとつもないため、通常の生活を維持すること自体が難しい。薬は、例えば息子さんが実家に帰ってきたときに代理で取りにくるなど、診察ができないまま投薬だけが続いている状態の方が一定数いらっしゃいます。」
「何か良い方法はないか」と、課題解決の方法を模索していた松島所長。そこで出会ったのが、DNP等が推進する「医療MaaS」の取り組みだった。
医療MaaSの実証実験で、オンライン診療を実施
DNPが三重県で「地域DX」に取り組み始めたのは2020年。徐々に協力者を拡大させる形で、30社以上の企業、6つの町とパートナーシップを組み、人口減少や高齢化にともなうさまざまな課題をデジタルの力で解決しようと構想したのが「三重広域連携モデル」だ。これに参加する自治体のひとつが大台町である。
「他の町と連携し、『デジタル田園都市国家構想』の実現に向けてさまざまなことにトライしようという気運が高まっていました。そのひとつが『医療環境の整備』です。他の町も同じように医療にアクセスしにくいという課題を抱えていたため、『医療MaaS』に挑戦してみようということになりました。他の町には町営の診療所が無かったこともあり、実証実験に参加しやすい報徳診療所が選ばれました。」
こうした流れを受け、2021年11〜12月、オンライン診療を手掛けるMRT株式会社を中心に、DNPなどが参画して、「オンデマンド医療MaaS」の実証実験が行われた。自分の足で診療所まで行くことが困難で、オンライン診療を受けるための機器や知識がない患者さんのご自宅にMONET Technologies株式会社のマルチタスク車両で訪問し、オンライン診療を試みる内容だ。
【オンデマンド医療MaaS実証実験 動画1分54秒】
「マルチタスク車両に乗るのは研修医と看護師。私は診療所に待機する形で、ビデオ通話を用いたオンライン診療を行いました。生活や身体の近況を聞いて、通常の問診と同じようにコミュニケーションをしていきます。車内では心電図の記録や採血も行えますし、小型の機器により呼吸音や心音といったデータをとることもできました。初回の実証実験としては十分だったと感じます。」
実証実験で使用されたディスプレイには、小型カメラを取り付けている。必要に応じてカメラをモニターから取り外して研修医が持ち、患者の顔などを映してもらうことで、松島所長は対面の診療に近い状況をつくった。
「カメラを部位に近づけてもらうと、むくみ、色合い、湿疹の状況などを見ることができるんですね。こうした発見は、実際に実験に参加したからできたことです。」
2022年10〜11月には、2回目の実証実験を行った。マルチタスク車両を活用したオンライン診療という点では1回目と同様だが、今回は松島所長の提案を取り入れている。大台町内にある集会所を巡回することだ。
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2022年度の実証実験で使用されたマルチタスク車両
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2022年10〜11月実施の実証実験の概要
「旧宮川村には25カ所程度の集会所があります。診療所を訪れることは困難でも、集会所までであればなんとか行ける人が多いのではないかと考えました。マルチタスク車両が集会所に赴き、診療所にいる私とオンラインでつないでもらう。そこでは複数の患者を続けて診療できるため、医師の人員不足の課題にも有効です。ちなみに、参加を促進するため、ある程度人が集まっている状況にしたかったので、実証実験は介護予防体操などの集会所のイベントの時間に合わせるようにしました。」
もう一点、新たに試みたのがオンライン服薬指導だ。オンライン診療後、提携する薬局にビデオ通話をつなぐことで、処方した薬の服用について指導してもらえる仕組みである。薬は、宅急便で患者宅へ届けられる。
「診療所と薬局の両方にオンラインで続けてアクセスできることは、患者にとって大きな負担軽減になるでしょう。高齢者の場合、クレジットカードや電子マネーで決済というわけにはいかないため、宅急便の受け取り時の現金の受け渡し方法など、細かな課題にも気付かされました。」
最大のメリットは、患者が安心感を得られること
2度の実証実験を通じて、「医療MaaS」の可能性と課題に触れた松島所長。最大のメリットは、「患者さんと顔を合わせられた」ことだと振り返る。
「目と目を合わせて会話をすることで気づくことは多々あります。しばらく会えていなかった患者さんの顔を見ることができたのは有意義でした。目が笑っていたり、不安がっていたりと、表情で健康状態を見定めることができるんですね。実証実験では、カメラの高さや角度をできる限り調整し、目を見て話をできるようにしました。気持ちが通じたことで、患者さんからも『安心できた』『すごくよかった』という声をいただいています。小さな町では皆が顔馴染みですから、より安心感が生まれた手応えがありました。」
一方で課題に感じたのは、診療時間が想定以上にかかったことだという。
「ひと通りバイタル(心拍・血圧・呼吸音・体温)をとって、データを送受信し、車を安全に乗り降りする。このサイクルには時間を要します。2回目の実証実験では看護師2人の体制で対応したわけですが、服薬指導にも人を配置すると、診療は1人になるんですね。効率良く対応するためには慣れも必要で、今後解決すべき課題だと感じました。患者さんがスムーズに乗り降りできるように、車両の設計を改善することも必要でしょう。他に、患者さんが横になれるリクライニングシート、フレキシブルに利用できる折りたたみ式の机、丸椅子が必要です。逆に言えば、これだけあれば点滴・採血・心電図といった基本的な作業は十分に可能だと思います。」
実証実験を通じて、医療MaaSの“あるべき姿”を考えたという松島所長。「オンライン診療と通常の診療の中間にある医療サービスをつくっていきたい」と、胸の内を語る。
「実は、オンライン診療というのは法的な整備が進んでおらず、採血や心電図で費用をいただけないんです。一方で、移動診療という形式にしてしまうと、今度は毎回臨時の診療所を開設する申請手続きが必要になってしまう。『医療MaaS』のサービスを改良して実装に至っても、制度が追いつかなければ、医師は“持ち出し”になってしまうんですね。2021年の実験は研修医が同行したので訪問診療として算定できました。どうにかして、オンライン診療と通常の診療の中間を埋め合わせできるものを考えなければなりません。」
現場で生まれたさまざまアイデアは、実証実験に関わる企業・団体の定例会議でフィードバックされていく。「三重広域連携モデル」の取りまとめを担うDNPとも、密にコミュニケーションをとっている。
「(DNPの皆さんには)次の取り組みに向けて何度も現地に足を運び、スピーディなコミュニケーションをしていただいている点に感謝しています。強いて改善点を言うならば、私たちの地元の話ばかりするのでなく、他の地域の先進事例をもっと共有してほしいですね。私も医師会に所属して情報交換を心掛けているのですが、コロナ禍で皆が手一杯ということもあり、なかなか情報共有が難しい状況でもあるからです。」
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2回目の実証実験で導入された“集会所を巡回するアイデア”は、松島所長の体験によるものだ。
「私の父は旧宮川村の出身で、33年前に松阪での開業医を辞めてここに戻ってこようとしていた時に亡くなりました。当時私は東京で大学病院に勤務していたのですが、父の3回忌を機に、月に一度戻ってきて、ボランティアで集会場を回って健康相談をしました。何度か繰り返すうちに『自分が車に乗って移動診療をすると良いのではないか』と考えるようになりました。そんなアイデアが、頭のどこかで生きていたのでしょう。」
「地域DX」の成功の鍵は、住む人の視点にどこまで寄り添えるかに尽きる。その意味で、松島所長との出会いは本実証実験にとって幸運なものだった。地域の課題解決と先端テクノロジーの最適解を目指し、DNPはさらに「医療MaaS」の検証と実践を続けていく。
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