次のステージへと進むキャッシュレス決済 ―トップイノベーターが語る普及の鍵とは?

近年、普及が進んでいる国内のキャッシュレス決済ですが、海外の国・地域と比較するといまだ低い決済比率にとどまっています。その課題とさらなる浸透を握る鍵について、決済インフラのトップイノベーターとして市場を牽引する、DNPグループのインテリジェント ウェイブ(IWI)の岡崎一真に話を聞きました。

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プロフィール
株式会社インテリジェント ウェイブ
執行役員 第一システム本部・サービスマネジメント本部 担当
岡崎 一真(おかざき かずま)

岡崎 一真

キャッシュレス決済の普及に求められる“付加価値”

日本のキャッシュレス決済比率は、交通系ICカードの登場以降、政府の推進政策やコード決済※1の浸透、コロナ禍での非接触決済の需要増、インバウンド需要の拡大などを受け、ここ10年で約2倍の伸長をみせています。しかし、アメリカをはじめとする諸外国・地域と比較するとその比率はまだ低いのが現状です。

  • 1 コード決済:二次元コードを介してスマートフォンで決済する方法。加盟店が専用決済端末を用意する必要がなく、導入コストが低いため、近年普及が加速している。

世界主要国におけるキャッシュレス決済比率(2022年)
(出典)一般社団法人キャッシュレス推進協議会
https://paymentsjapan.or.jp/news/2022年の世界主要国におけるキャッシュレス決済比/

この背景には、日本では偽札がほとんど流通しておらず紙幣の信頼性が非常に高いこと、高齢者を中心に「現金を手元に置いておきたい」という根強い志向などがあります。それに加えて、キャッシュレス決済の普及に向けては、以下のような課題もクリアしないといけないと、インテリジェント ウェイブ(IWI)の岡崎は語ります。
「まず、キャッシュレス決済における『生活者の利便性をさらに向上させること』が大切です。多様な決済手段の共通化を進め、生活者が同一の手順で決済の手続きを行えるようにすれば普及が加速するはずです。スマートフォンの利用が前提となるので、スマートフォンを使い慣れていない高齢者などの方のサポートもポイントになります。
次に『加盟店のさらなる負荷軽減』です。加盟店手数料の引き下げや端末の導入コストの削減に加え、即時入金サービスを普及させるなど、店舗のキャシュフローをサポートする視点も大切です。
そして『セキュリティ性の一層の向上』です。不正利用を防ぐため、暗号化技術や生体認証、リアルタイムに不正利用を検知するシステムなどを導入してセキュリティリスクを下げることは、生活者・加盟店・決済事業者のいずれにとっても重要です。
こうした課題に加え、さらなる普及の糸口になるのが、キャッシュレス決済の利用で生まれる『“付加価値”の拡大』です。決済システムに蓄積される膨大なデータを活用することで生活者・加盟店・決済事業者それぞれに新たな価値を提供できれば、強い追い風になります。
例えば、生活者に提供できる価値として、個人に最適化した特典や割引の提供、家計簿アプリへの自動入力による資産管理の効率化などが考えられます。加盟店に対しては、生活者の購買動向や来店頻度の分析による人員配置の最適化やリピーターの醸成といった施策が可能になります。決済事業者に対しては、消費トレンドのリアルタイム分析によって加盟店のマーケティングを支援したり、信用スコアの構築によって与信判断の精度向上や新たな金融サービスの開発につなげたりすることができます」
その先の未来について岡崎は、「デジタル地域通貨を軸とした地域DXなど新たな社会的価値を生み出すサービスが登場しつつある現在、これまで以上に重要な役割を果たす決済システムには、さらに高いレベルのミッションクリティカル※2や、クラウド化によるシステムの冗長化といった進化が求められるはずです」と語ります。

  • 2 ミッションクリティカル:24時間365日の安定した稼働が求められるなど、組織や事業の根幹を支える重要性があること。

岡崎 一真

日本の決済インフラを支えるインテリジェント ウェイブ

岡崎が在籍するIWIは、1984年、当時まだ珍しかったソフトウェア開発のスタートアップとして創業し、クレジットカード決済処理に必要なネットワーク接続やカード認証の機能を持つフロントエンドプロセッサ(FEP)システム※3を中心に事業を展開してきたシステムインテグレータです。主力製品「NET+1(ネットプラスワン)」は、「提供を開始した35年前、24時間365日安定して運用できるクレジットカード決済処理システムは、この製品以外に日本では存在していませんでした」という革新的なシステムで、現在でも大手クレジットカード会社のFEP分野で約80%の高いシェアを有しています。

  • 3 FEPシステム:ホストコンピュータの前段に位置するFEPがデータの入出力を制御して決済を行うシステム。処理速度の向上、システム負荷の分散、セキュリティ強化などのメリットがある。

また1999年に、カードの不正利用を検知する「ACEPlus(エースプラス)」を開発。これも不正検知システム分野で約60%のシェアを占める業界標準となっています。
「ACEPlusは、例えば5分前に福岡で使われたクレジットカードが東京で使われたり、普段少額決済だけ行う人が突然非常に高額な決済をしたりするなど、不正利用が疑われるケースをリアルタイムで判別。決済の拒否や保留の措置を取ることで、不正利用のインシデント(事象)を発生前に防ぎます。不正利用かどうかという判別には、各カード会社のルールとAIによる評価スコアを活用しており、そのAIエンジンには、社外とのパートナーシップなども通じて、常に最先端の技術を用いています」(岡崎)
こうした革新的なシステムの開発・提供を通じ、長年にわたりキャッシュレス決済の普及を支え続けるIWI。その強みについて、岡崎は次のように語ります。
「システムという言葉からは想起しにくいかもしれませんが、実はこれを支える“人財”こそが最も重要な資本です。ソフトウェアの開発はもちろんのこと、得意先企業・団体の要望の一歩先を行く課題解決力や、24時間365日の安定稼働を支える体制など、あらゆる面で優秀な人財は欠かせません。これを強みとし、さらに育成に尽力してきたことが現在の実績につながっています。今後、さまざまなサービスと連動した新たな付加価値の創出が一層求められるなか、主体的な提案ができる人財の存在はこれまで以上に重要になります」

「オールDNP」のビジネスエコシステムで社会課題の解決と経済成長の両立をめざす

また、IWIの現在を語るうえで欠かせないのが、2010年、長年協業してきたDNPグループに加わったこと。そして、それによって、コア技術であるデータ通信・分析の知見を活用できる領域が大きく広がったことが挙げられます。「オールDNP」で多様な事業と連携し、新しい事業領域を開拓できるだけでなく、業界横断の仕組みをつくることで、単独の企業では難しい課題解決にも寄与できるようになりました。
「オールDNP」のシナジーで生まれた例として、セキュリティ分野の各種製品・サービスがあります。DNPが以前から培ってきたセキュリティ関連のノウハウにIWIが得意とするエンドポイントセキュリティ※4の技術を掛け合わせることで、幅広い業種の企業や団体に、企業の知的資本を守るソリューションとして提供できるようになりました。その未来について、岡崎は次のように見通しを語ります。

  • 4 エンドポイントセキュリティ:パソコンやスマートフォンなどの端末をサイバー攻撃や情報漏えいから守るセキュリティ対策。

「決済やセキュリティはあらゆるサービスの基盤となるシステムであり、『オールDNP』のシナジーによって生まれる“ビジネスエコシステム”でも、さまざまなサービスをつなぐハブとして重要な役割を担うと期待しています。その実現に向けて、当社のコア技術をさらに深化・発展させていかなければならないと考えています」

岡崎 一真

“ビジネスエコシステム”構築の一環として、サービス連携の選択肢を広げる「クラウド化」を実現したのが、クラウド(AWS)対応の「NET+1」です。従来はミッションクリティカルと高速処理を実現するためオンプレミス※5が前提でしたが、クラウド化によって大きく拡張性が高まりました。ECサイトなどでのキャンペーンの際、あらかじめ大容量のサーバーを用意する必要がなく、需要増に柔軟に対応できるといったメリットがあります。

  • 5 オンプレミス:自社の施設内でサーバーやネットワーク機器、ソフトウェアを保有し、運用すること。

セキュリティ性の向上という観点では、JCBとの共同開発で2024年11月にリニューアルした、不正取引情報Web連携サービス「MATTE(マッテ)」が挙げられます。IWIとJCBが立ち上げた不正検知のコンソーシアムから生まれたサービスで、ECサイトでの不正・不審な取引の情報をリアルタイムに共有し、迅速に配送停止等を依頼することで被害の拡大を食い止めます。リニューアルによって、JCBに加えて主要な国際カードブランドの取引情報にも対応し、ブランドの垣根を越えた業界全体の取り組みとなりました。業界内の反響は大きく、すでに30以上のカード会社が参画しています。

不正検知の精度向上に向けた「FARIS(ファリス) 共同スコアリングサービス Powered by PKSHA Security」も、“ビジネスエコシステム”につらなる取り組みです。各カード会社から個別に決済データを収集して不正等を検知するのではなく、複数社のデータを統合して分析する“共同スコアリング”によって高精度な検知を可能とします。自社だけでは収集できるデータ量に限りがある中小企業にも最適なサービスで、クラウド版も用意しています。

そのほか、IWIの高速・大量のデータ通信技術やリアルタイム処理・分析技術を深化・発展させた例も多くあります。株価の市況情報など大量のデータを高速で連動させる証券業務システム、4K/8Kといった高精細な映像データを送る「IP放送」の通信状況を監視するシステムなどがあり、これからもさまざまな領域へと事業を広げていきます。
2024年に創業40周年の節目を迎え、次なる40年に向けて「オールDNP」のシナジーを生かした新たな挑戦を始めているIWI。今後の展望について、岡崎は次のように語ります。
「多様なデータをつなぎ、リアルタイムで確実に処理する当社の強みは、社会課題解決と経済成長が両立する次世代のデジタル社会において、より真価を発揮するはずです。私たちは、そうした未来を実現するため、培ってきた信頼と実績を核としながら、卓越した人財による新たな価値創出に注力していきます」

  • 記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。