愛媛大学 農学部生物環境学科の三浦猛教授とDNPのイメージングコミュニケーション事業部の平井佑太

これからも変わらない食を守るために!「DNP×愛媛大学」が昆虫を材料にした水産養殖向け飼料の開発に挑む

持続可能な食料生産を実現するうえで重要な役割を担う水産養殖業ですが、近年は飼料の高騰や輸入依存といった課題を抱えています。DNPと愛媛大学はこうした課題の解決をめざし、さまざまなパートナーとともに、水産養殖向けの飼料開発という新規事業に取り組んでいます。愛媛大学 農学部生物環境学科の三浦猛教授とDNPのイメージングコミュニケーション事業部の平井佑太が、この事業の経緯とビジョンをご紹介します。

目次

プロフィール

愛媛大学 農学部生物環境学科の三浦猛教授とDNPのイメージングコミュニケーション事業部の平井佑太

愛媛大学 農学部生物環境学科
三浦 猛教授
(写真右)
北海道大学大学院修了。水産学博士。地球環境に配慮した持続可能な生物生産技術の開発について、動物生理学的視点から研究。

大日本印刷 イメージングコミュニケーション事業部 事業企画本部
平井佑太
(写真左)
情報イノベーション事業部入社、その後イメージングコミュニケーション事業部に異動し、現在は新規事業創出に従事。

 

既存事業の枠にとらわれず、社会課題起点で新規事業を創出

——まず、DNPが昆虫を水産養殖用飼料にする事業開発をスタートした背景を教えてください。

平井
私が所属するイメージングコミュニケーション事業部では、10年後を見据えた成長事業の創出に取り組んでいます。DNPのこれまでの事業の延長線上にあるものだけではなく、社会課題起点で事業アイデアを検討していく中で辿り着いたのが“食の課題の解決”でした。
世界人口の増加と食生活の向上によって、タンパク質の需要と供給のバランスが崩れる「タンパク質危機」が2030年ごろに始まる可能性が示唆されており、食料の安定供給は社会課題となっています。この課題に対して私たちとしても、環境負荷やコストを抑えながら「今と変わらない食」を続けていくために何が必要かを考えました。

そして、解決策の一つとして注目したのが「昆虫」です。タンパク質が豊富な昆虫は世界でも注目されており、研究開発が進んでいます。

とはいえ、昆虫を直接食べることには抵抗がある人も多いですよね。そこで着目したのが、昆虫を水産養殖の飼料として活用することです。私たちがこれからも魚を安心して食べていくためには、養殖魚の飼料の安定供給が不可欠です。飼料メーカーや養殖事業者向けの昆虫養殖事業が、新規事業として期待できるのではないかと考えました。農林水産省の統計によると、昆虫飼料分野で24.2兆円、陸上水産養殖分野で12.8兆円の市場規模があるといわれ、ビジネスとしての可能性も十分にあると考えています。
 

イメージングコミュニケーション事業部 事業企画本部 平井佑太

 
——愛媛大学との共同研究の経緯は?

平井
研究開発のパートナーとして初めに相談を持ちかけたのが、愛媛大学発のスタートアップであり、カイコのサナギを用いた製品を実用化している株式会社愛南リベラシオ※1です。そこで紹介していただいたのが、昆虫の水産養殖利用の研究で世界的な実績を持つ同大学の三浦猛教授でした。

実際に3者での共同研究がスタートしたのは2022年度です。愛媛大学は主に基礎研究を、愛南リベラシオは事業の成長・拡大や採算の検討を、DNPは昆虫飼育用の自動装置の開発や研究から生まれた副産物の高付加価値化にむけた用途開発をそれぞれ行っています。

愛媛大学、株式会社愛南リベラシオ、DNPの3者による共同研究体制

3者による共同研究体制

 

水産養殖飼料を低コストで安定供給するために

——昆虫の水産養殖利用を長年研究してきた三浦教授から見た、水産養殖業界が抱える課題は?

三浦教授
日本の水産養殖業が抱える大きな問題の一つが、エサです。タイやブリなどの海産魚を養殖する際、エサは主に魚紛が使われているのですが、実は生産される魚よりも多くの天然魚を使っているのです。これでは持続可能とは言えません。
 

世界の漁業・養殖業生産量の推移

世界の漁業・養殖業生産量の推移
出典:水産庁 令和4年度水産白書よりDNP作図
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/r04_h/trend/1/t1_4_1.html

 
また、エサとなる天然魚の多くは海外から輸入しており、価格も高騰しやすい。養殖にかかるコストの7割以上が飼料代ともいわれ、飼料を低コストかつ安定的に供給するためにも魚粉に代わる飼料の国内生産が不可欠です。

これまでにも大豆やトウモロコシといった植物性タンパク質の飼料の研究開発は行われてきましたが、マグロなどの肉食魚では消化が悪くなり、必要な栄養が足りないことがわかっています。

加えて、人との食料の取り合いにならないように、人が食べず、安価なものでなければ代替飼料として使えません。その点で大きな可能性を秘めているのが、昆虫なのです。

——飼料としての昆虫にはどのような特徴があるのでしょうか。

三浦教授
我々が飼料として研究しているのはミールワームという幼虫です。チャイロコメノゴミムシダマシという甲虫の幼虫で、人間に必要な必須アミノ酸をすべて含んでいます。

全般的に昆虫は、肉や魚と同等以上のタンパク質だけでなく、ビタミンやミネラルも豊富です。また、生産時の環境負荷が低く、成長管理もしやすいという特徴があります。中でもミールワームには、動き回らず、乾燥したエサで育つため衛生的といった特徴もあり、飼料として大量生産しやすいと言えます。

また、成長したミールワームを粉末にして飼料に混ぜることで、コストを抑えながら魚の成育をサポートする飼料をつくることができると考えています。飼料や成育方法をコントロールすることで、養殖魚の免疫を高めたり、肉質を変えたりなど、特定の機能を高めた付加価値の高い飼料をつくることも可能です。研究を進めるうち、ミールワームには当初想定していた以上の可能性があることがわかってきており、幅広い活用が期待できます。

愛媛大学 三浦猛教授

 

DNPが見せた事業化への熱意と行動力

——三浦教授は、共同研究を持ちかけたDNPにどんな印象を持ちましたか?

三浦教授
以前から、いろいろな企業から「話を聞きたい」「共同研究したい」といった相談は受けていました。しかし、正直申し上げると、ヒアリングだけで終わってしまうケースが多いのです。それに対してDNPの平井さんは、単に話を聞くだけでなく、「ぜひ一緒にやりましょう」と。これは非常に嬉しい申し出でした。

実は、昆虫を活用した飼料は大きな意義を持つにも関わらず、日本の研究開発は世界から見ると遅れています。その意義を国内で認知してもらい、飼料を実用化して、社会実装していくことが必要な道筋なのですが、それを進めるうえで大学ができることには限界があり、伴走してくれる企業が欠かせません。その意味で、DNPのような幅広いネットワークと事業領域を持つ企業が声をかけてきたことは、非常に心強く感じています。

平井
最初に三浦教授にお会いしたとき、「なぜDNPが昆虫飼料の分野に?」という疑問は持たれたと思います。DNPの既存事業にはない領域ですし、私自身が所属するイメージングコミュニケーション事業部は、フォト関連の製品・サービスを扱っていますので、その事業ともまったく重なっていませんでした。

ただ私としては、「オールDNP」の力を結集すれば十分にこの事業を実現できると考えていること、そのためには愛媛大学との協業が必要であることをお伝えしました。拙い説明だったかもしれませんが、熱意だけは三浦教授に伝わったようで、嬉しかったです。

その後、共同研究について前向きなお返事をいただいてから、すぐに体制づくりに着手しました。私の所属部署だけでは完結しないプロジェクトということもあり、上司からの働きかけなどで社内の人脈をフル活用して、他部署からも有志のメンバーを集めていきました。

 

食品残渣ネットワークを築き、ミールワームの可能性を追求し、社会実装への道筋をつける

——具体的なプロセスについて教えてください。

三浦教授
ミールワームを飼料として実用化するためには、まず「どのような環境やエサがミールワームの成育に適しているか」を調査し、効率的な生産方法を確立しなければなりません。我々の研究室ではこの部分の基礎研究を行っています。

成育に適したエサを調べるため、現在はさまざまな飼料候補をミールワームに与えて成長の経過を追っています。主に人が廃棄した残渣をエサとして与えているのですが、平井さんは我々では到底入手できないエサ候補を持ってきてくれるので、いつも驚かされます。

平井
DNPは日本全国の幅広い業種の企業と付き合いがあるため、それを活かして飲食・小売・食品メーカーなどから製造工程で出る残渣を提供してもらっています。その中からエサとして有用なものがいくつか見つかり、「食品残渣ネットワーク」を構築することができれば、将来的にフードロス対策にもつながると考えています。また、DNPの技術・研究開発部門とも協力し合って、大学内では対応できない成分分析や画像解析などの支援もしています。

今後実用化していくにあたり、手作業では大量生産は難しいため、飼育の自動化が不可欠です。DNPはミールワームの自動飼育装置をつくるため、三浦教授の協力を得ながら、自動化できる工程の検討と、飼育効率の良い環境と作業条件のパラメーター整理を行ってきました。その過程で、DNPが保有する無菌充填システムなどの生産技術や、運用・保守メンテナンスなどのノウハウを活用できる手応えも感じています。

現在は集めたデータをもとに原理試作(量産試作の前段階で機能や形状等を確認するための試作)に取り組んでおり、2025年度中には研究所レベルのプラントの実機導入を、2028年〜30年度頃までには商業用プラントの稼働を目標にしています。

食品残渣ネットワークイメージ図

食品残渣ネットワークのイメージ

 
——ミールワームを飼料にする有用性は、すでに明らかになっていますか?

三浦教授
我々の研究室は水産事業者とネットワークがあり、実証実験まで一貫してできることが強みです。魚粉にミールワームを20%ほど混ぜた飼料を養殖魚(マダイ)に与える実証実験も行っており、すでに第一弾の養殖魚は出荷を完了し、DNPの社内食堂でも提供されました。
 

昆虫飼料で育った養殖マダイ(えひめ鯛)を素材にした鯛茶漬け600食と鯛塩ラーメン220食をDNPの社内食堂で3日にわたって提供したところ、3日間とも完売。
実食した社員からは「抵抗感はなかった」 「おいしかった」といった声が多く寄せられました。

昆虫飼料で育った養殖マダイ(えひめ鯛)を素材にした料理

 
——共同研究の過程で、養殖魚の飼料以外のミールワームの活用方法が見つかることもありますか?

三浦教授
研究開発において大事なのは、社会実装の出口を一つに絞ることなく、さまざまな可能性を追求していくことだと考えています。

今、着目しているのがミールワームのフンの高付加価値化です。ミールワームは成長する過程で体の約5倍の質量のフンを出すのですが、それを有効活用できないかと研究しています。現状の用途は低単価の肥料に限られますが、今後特定の機能を高めて高付加価値化ができれば、フンの廃棄にコストをかけないどころか、利益を生み出せます。実現すれば、飼料の低コスト化につながるわけです。

また、DNPからの提案で新しい気付きを得ることもありました。我々は水産の専門家なので、魚の飼料を前提としてミールワームの活用を考えていたのですが、DNPから「畜産飼料としても使えるのでは?」と提案があり、実際にいろいろな畜産関係の方の紹介もありました。

そこで意見交換したことで、畜産の課題解決にも昆虫由来の機能性成分が使えることが見えてきています。我々だけでは狭い専門分野の中で考えてしまうのですが、こうした展開もDNPと連携している大きな意義だと感じています。

平井
この件では、北海道の畜産事情に詳しい、DNPのグループ会社の北海道コカ・コーラボトリング株式会社が協力しています。以前、同社の担当者から畜産分野の課題を聞いたことがあり、その解決に「昆虫を活用できないか」と三浦教授に相談したのがきっかけです。あらためて社内ネットワークの価値を感じています。

イメージングコミュニケーション事業部 事業企画本部 平井佑太

 

幅広い領域のパートナーとともに、一歩ずつ着実に進んでいく

——これまでのDNPの取り組みをどう評価していますか? また今後DNPに期待することは?

三浦教授
DNPは具体的な目標を掲げ、そこに向かってファクトを積み重ね、着実に進行していきます。そういう点は、終わりのないゴールを追究していく大学とは異なり、最終的に事業化して利益を生み出さなければいけない企業ならではの強みだと感じます。

一方で、産学連携を進める教育機関として、結果を出すことの大切さも認識しています。現在、2028年の商用プラント稼働を目標にしていますが、それよりも前の段階でマイルストーンをクリアしていき、DNP側で事業化の手応えを得られるようにしたい。平井さんたちの熱意に応える意味でも、そこにはこだわっています。

——冒頭で「10年後を見据えた成長事業の創出」と話していましたが、現時点での展望を教えてください。

平井
本プロジェクトは「食の循環モデルの構築」を見据えた、社会的意義が大きい取り組みですが、個人的に「いいことやってるね」で終わらせるつもりはありません。きっちりと数字を残し、持続可能なビジネスに育てたい。そのためにも、2028〜2030年頃には商業用プラントの稼働を開始させなければいけないと考えています。

逆算すると、2024年度内に研究室レベルのミールワームの養殖プラントを構築し、徐々にスケールアップしていく必要があります。長期的なプロジェクトですが、着実にステップを進めていくつもりです。

これまでも、食品残渣の選定・提供や評価解析、装置開発などのさまざまな領域で、部門を越えた多くの社内スタッフがサポートしてきました。あらためてその仲間たちに感謝するとともに、これからプロジェクトの規模を大きくしていくにつれて、社内だけでなく、社外との連携もさらに広げていかなければなりません。

私自身、このプロジェクトを始めるまで、自分が養殖魚の飼料、しかもミールワームに関わるなど夢にも思っていませんでしたが、今では自分たちのアイデアやアクションでビジネスを設計できることに大きなやりがいを感じています。社外でも社内でも興味がある皆さんに、ぜひ仲間に加わってもらいたい!と思います。

  • 記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。