執行役員 坂田 英人

【役員インタビュー】「環境負荷をかけないことが“あたりまえ”」の社会を実現するために。

2024年4月、DNPグループ は2030年度に向けた温室効果ガス(GHG)排出量削減目標について、当初計画よりも大幅に早く達成できる見込みから、より挑戦的な数値に引き上げることを発表しました。同時に、資源循環率や水使用量削減などについても目標を更新。環境目標の早期達成が実現できた背景や、カーボンニュートラル実現に向けたDNPの挑戦について、環境関連の取り組みを担当する執行役員である坂田英人に聞きました。

目次

坂田 英人

坂田 英人(さかた・ひでと)

大日本印刷 執行役員
担当:
情報コミュニケーション製造統括本部、
技術・研究開発本部、技術開発センター、
価値創造推進本部 生産革新推進室

2023年3月に2030年までのGHG排出量削減目標の9割を達成

Q. DNP は持続可能な社会の実現に向けて「DNPグループ環境ビジョン2050」を掲げています。2024年4月に、GHG排出量削減や資源循環率の向上など複数の指標で目標の引き上げを発表しました。上方修正の背景を教えてください。

当社の環境配慮への取り組みは長い歴史があります。半世紀以上前の1972年には、環境を専門とする部署(環境部)を本社に設置し、省エネ対策や工場周辺の環境配慮を中心に活動を開始。2000年には「環境方針」を策定し、継続的な取り組みを加速させました。

2015年に採択されたパリ協定やSDGsが、近年世界に浸透し、社会全体で環境対策への意識が高まっています。こうした中、企業が率先して、持続可能な社会の実現に取り組んでいかなければならないという考えから、私たちは2020年に「DNPグループ環境ビジョン2050」を策定。“2050年のありたい姿”として、「脱炭素社会」「循環型社会」「自然共生社会」の実現を掲げ、自社拠点での事業活動に伴うGHG排出量の実質ゼロ、バリューチェーン全体での資源の効率的循環利用、生物多様性の保全に向けた取り組みを進めてきました。

この環境ビジョンの達成に向けた中間目標として、2025年度までの具体的な数値を定めて活動してきましたが、2023年3月末時点で2030年度をターゲットとしたGHG排出量削減目標の9割を達成。資源循環率の向上、水使用量削減、環境配慮型製品・サービスの拡大などのテーマでも、早期の目標達成が見込まれたため、2050年のビジョン達成をより確実なものとするために、2030年度の目標値を引き上げることを決めました。

新たな環境目標の表

表 新たな環境目標

包装材や生活空間の内外装材、ICカードやエレクトロニクス部材など、印刷技術の応用・発展で生み出したさまざまな製品・サービスは、世界の人々の身の周りに多く存在しており、これらは「あたりまえ」の必要不可欠なものとなっています。それだけ広く社会に関わっているということは、私たちが「脱炭素社会」「循環型社会」「自然共生社会」の実現に向けて、先導的な役割を果たさなければならないということです。印刷業界のトップランナーであり、そこに留まらずに事業領域を拡大している企業として、DNPが果たすべき責任は大きいと考えています。

50年以上前から環境対策に取り組んでいるDNPには、環境に配慮する意識が風土として根付いています。これまでの歩みと、培ってきた基盤があるからこそ、今回の目標の上方修正も実現できたと考えています。

事業の根幹から変革し、環境貢献を日常的に考える仕組みを構築

Q. 何が早期目標達成の決め手となったのでしょうか? 具体的な取り組みを教えてください。

中期目標という形で明確な数値目標を立て、達成までの具体的な仕組みを導入したことが良かったと考えています。単に「省エネしましょう」とスローガンを掲げるだけでなく、社員一人ひとりの行動変革を促すような仕組みを導入しました。その一つが、「インターナルカーボンプライシング(ICP)制度」の導入です。これは、将来の炭素税導入を見据えてDNPグループ独自に炭素価格を設定し、設備更新の基準に追加することで、省エネ効果の高い設備の導入を促進する仕組みです。

また、私が担当する技術・研究開発本部にはさまざまな部署から設備投資の稟議が届きますが、申請書類には「投資が回収できるか」「安全対策は万全か」などのチェック項目と併せて、「環境負荷」を考慮する項目を設けています。

こうした仕組みづくりによって、費用対効果や安全対策と同等に環境貢献について考えることを必須プロセスとして位置づけたのです。

全社で環境対策を推進するために、各事業所の優良事例を本社で集約し、ほかの事業所に展開する取り組みも進めています。優良事例を全社で共有することで、「うちの工場でもやってみよう」と好循環が生まれ、各事業所での省エネ活動の質も向上しました。

社員の環境への意識が一層高まったことで、各工場での不良発生防止に関する意識も変わってきました。不良発生を抑制することは、無駄な原材料やエネルギーの消費を抑えることにつながるため、コスト削減だけでなく「環境に貢献できる」という意識が社員に定着したように感じます。

このように社員の意識改革、行動変革を実現できた背景として、新製品の開発や既存事業の合理化などを推進している技術・研究開発本部内に環境部門を設置したことも、大きな成功要因だと考えています。

以前は、本社のサステナビリティ推進部署の一部門として環境チームがありましたが、営業や生産を担う各部門との連携において深く立ち入れないといった課題がありました。各現場を知り尽くす技術・研究開発本部内に環境部門を設置したことで、さまざまな部門や各工場との連携が深まり、事業構造の根幹から脱炭素に向けた変革を加速することができたと考えています。

坂田 英人

環境貢献が価値となる時代━━。
すべての製品・サービスで環境配慮を考えていく

Q. 社会に“環境価値”を提供するためにDNPグループの強みをどう活かしていきますか?

DNPグループはこれまでも常に、環境負荷低減に貢献する技術や製品・サービスを積極的に開発し、社会の変化に合わせて、また変化を先取りして、事業ポートフォリオを見直してきました。
例えば、成長事業領域の一つである半導体関連では、現在主流の方式と比べて製造時のGHG排出量を大幅に削減することが見込まれる「ナノインプリント」という新しい製造方式を推進しています。2022年には国立研究開発法人 国立環境研究所/日刊工業新聞社主催、環境省後援の「第49回環境賞」※1を受賞しており、実用化に向けた取り組みを進めています。

  • 1 環境賞:国内で公害問題の解決が求められていた1974年に創設。以降、環境保全や環境の質の向上に貢献するため、時代の要請に応える優れた取り組みを行う個人・法人・団体・グループ等を表彰している。

また、DNPが開発した「外装ルーフ加飾フィルム」は、従来の塗装から、模様入りのフィルムの貼り付けに置き換えるだけで、その工程のGHG排出量を大幅に減らします。車のボディの塗装後にルーフを塗装するにはボディのマスキングや塗料の乾燥などの工程が必要ですが、DNPの外装ルーフフィルムを使用することで関連する工程そのものを削減できるほか、一連の工程で使用するエネルギーやGHG排出の量を削減します。

外装ルーフ加飾フィルムのイメージ

外装ルーフ加飾フィルムのイメージ

DNPグループは、製品・サービスのライフサイクルを通じて環境負荷を低減するという視点から、「環境配慮製品・サービスの開発指針」として10項目を定め、開発段階から環境に配慮した製品・サービスづくりを行っています。ライフサイクル全体における環境負荷低減の取り組みを点数評価し環境配慮をDNPで独自に評価。特に優れた製品・サービスを「スーパーエコプロダクツ」として特定しています。更新した中期目標では、総売上高の3割まで「スーパーエコプロダクツ」を拡大することを掲げています。全ての事業領域、全ての製品・サービスにおいて、環境貢献をめざしていきます。

「事業活動推進」と「環境負荷低減」は一見相反するように見えるかもしれませんが、これからは環境に貢献する製品・サービスを提供することがむしろビジネスチャンスになる時代だと考えています。このゲームチェンジは、以前から「未来のあたりまえ」を見据えて歩んできた長い歴史がある私たちにとって、大きなチャンスだと捉えています。

Q. DNPグループの取り組みがサプライチェーンに与える影響は大きいと思います。その立場から、他社との連携に関する見解をお聞かせください。

「循環型社会」は、DNPグループ単独では実現できません。サプライチェーン全体で連携して取り組んで環境価値を提供していくことが何よりも重要です。例えば、DNPはPETボトルを製造していますが、資源を循環させるためには自治体や関連企業との連携はもちろん、生活者の意識変容までミッションに含まれると考えています。そこで私たちは、使用済みプラスチックや医薬品ボトルの回収・再資源化の仕組みづくりや実証事業に参画しています。また、環境関連の業界団体に積極的に参加し、パートナー企業や自治体とネットワークを築くことで、資源循環型社会の早期実現につなげていきます。

環境貢献と事業成長の好循環を生み、「脱炭素社会」をリードする存在へ

Q. DNPグループが環境貢献を果たしていくための今後の展望をお聞かせください。

環境への対応は企業にとって、もはや「特別なこと」ではなく、「あたりまえに果たすべき責任」だと思っています。私たちは今後、「DNPグループ環境ビジョン2050」に基づき、社員一人ひとりが主体的にさまざまな活動を進め、持続可能な社会の実現をリードする存在でありたいと考えています。

また、ネイチャーポジティブ※2の実現にも力を入れていきます。私も子供の頃によく、「その場所に来た時よりも美しく」と言われたものですが、これは非常に大切な精神だと感じています。ネイチャーポジティブについても個人的に共鳴する部分が大きいです。

  • 2 ネイチャーポジティブ:自然環境を守りつつ、より豊かにする概念。生物多様性や自然資本の観点から注目されており、経済から社会・政治・技術までの全ての領域で改善が重要とされている。

具体的な取り組みとしては、東京・市谷地区の本社周辺で育成している「市谷の杜」があります。これは敷地に、生物多様性に配慮しながら、このエリアに固有の在来種を植栽し、地域の生態系と調和した環境(最終的に2万m2)を提供するというプロジェクトです。DNPグループが100年先に残す提供価値として、長期的な視点で進めていきます。

環境への取り組みは企業価値を高めるとともに、社員のエンゲージメント向上にもつながると考えています。環境に貢献している製品やサービスをつくっていることが、社員一人ひとりにとって大きな誇りとなり、やりがいや達成感につながります。その誇りがまた次の活動への原動力となる――。そういう好循環がすでに現場から生まれつつあることを実感しています。

今後も、例えば2050年に向けたロードマップを一つずつ着実に達成しながら、「脱炭素社会」「循環型社会」「自然共生社会」の実現に向けて歩み続けていきます。

坂田 英人

※記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。