細胞培養の効率化で再生医療の未来を拓く 「可溶性マイクロキャリア」
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医療の可能性を広げる技術として注目される再生医療。その普及に向けては、現在の医薬品と比べて製造コストが高いということが壁の一つになっていると言われています。この課題に対して、大日本印刷株式会社(DNP)と株式会社Hyperion Drug Discovery(HDD社)は「可溶性マイクロキャリア」を共同開発。細胞培養の効率化によって薬価を抑えるとともに、高い生体適合性によって投与後の安全性にも寄与する製品になるとして、大きな期待が寄せられています。その特徴と展望についてご紹介します。
目次
高まる再生医療への期待と課題
ES細胞やiPS細胞など多能性幹細胞の開発で、近年、研究が加速している再生医療。これらの細胞は、さまざまな細胞に変化(分化)する能力と、分化した細胞と同じ能力を持ち、失われた臓器や体の機能を再生・修復させる画期的な治療法の基になり得ます。そのため、多能性幹細胞は、心臓・神経・軟骨・眼・血液・免疫に関わるさまざまな疾患を治療する技術の研究が進められています。
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この再生医療は、2007年に承認された重度の火傷治療用細胞シートに始まり、現在は10品目以上が承認されていますが、細胞の培養に手間と時間がかかるため従来の医薬品よりも価格が高額となっています。高額医療制度のもとでも気軽に使用できるものではなく、より効率的に大量に細胞を培養する方法が求められています。
こうした課題を解決する素材としてDNPとHDD社が共同開発したのが、大量培養により、作業効率とコスト削減を実現できる「可溶性マイクロキャリア」です。
DNPは「P&I=印刷と情報」の知見を活かして、メディカル・ヘルスケア関連の新規事業開発に注力してきました。オンラインで患者の服薬状況を確認できる「服薬サポートサービス」、創薬開発への応用が期待できる立体臓器「ミニ腸」、人工知能を活用した「AI支援胸部がん検診読影システム」など、数多くの先進的な実績があります。再生医療の分野でも、業界団体「再生医療イノベーションフォーラム」に発足時の2011年から参画し、大阪大学で6年間、東京医科歯科大学で10年以上にわたって共同研究講座を設置するなど、産学連携のパートナーシップを築いています。
そうしたなか、2020年には、DNPが保有する微小粒子の表面加工技術や材料選定のノウハウと、HDD社の医療製品に適用可能な細胞培養技術や薬事規制対応に関する知見を掛け合わせた協業が実現。両社が協力して、材料選定、顧客へのヒアリング、サンプル提供、製造プロセスの設計等の各フェーズを進めたことで、2023年3月、「可溶性マイクロキャリア」のリリースに至りました。
細胞培養の作業効率と安全性を大きく向上
細胞の培養方法は、「浮遊培養」と「接着培養」に大きく分けられます。前者は、血液中の細胞のように浮遊して増殖する培養に用いる方法で、後者は、筋肉・皮膚・軟骨など接着して増殖する細胞の培養に用いる方法です。この「接着培養」の作業の効率化で期待されているのが、「マイクロキャリア」と呼ぶ微小な粒子に細胞を付着させる手法です。
接着培養と浮遊培養の違い
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接着培養は通常、シャーレのような容器に細胞を接着させて行います(二次元的培養)。例えば、細胞を1億個培養する場合、培養液を定期的に取り替える必要がある容器が数百〜数千枚にもなります。またそれらを格納する小型冷蔵庫ほどの大きさの培養器が10~20台必要です。これを「マイクロキャリア」に置き替えると、培養液の中で三次元的に培養できるため、同数の細胞培養をわずか500mlペットボトル程度の大きさの容器で行うことが可能。大幅な省スペース化を実現するとともに、培養液の取り替えなどの作業効率も格段に向上します。
1億個の細胞培養に要するスペース(イメージ)
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しかし従来のプラスチック製のマイクロキャリアによる培養は、マイクロキャリア同士の衝突によって生じる微小な破片を取り除くことができないため、抗体医薬やワクチンの製造への利用にとどまり、人体に細胞を投与して利用する再生医療には使われていませんでした。
これに対し、DNPとHDD社が共同開発した「可溶性マイクロキャリア」は、一般的に再生医療で使用されている剥離剤を用いてマイクロキャリアのみを溶解し、簡単に細胞だけ回収できるため、微小な破片が残りません。また、原材料と剥離剤の双方で毒性の低さが認められており、高い生体適合性を実現しています。
可溶性マイクロキャリアを使用した細胞培養の流れ
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すでに、DNPのマイクロキャリアは、医薬品などの品質、有効性や安全性を審査する独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)によって、再生医療等製品などの製造に使用する材料としての適格性が確認されており、製品化に向けた取り組みを進めています。
誰もが手軽に再生医療を受けられる未来へ
「可溶性マイクロキャリア」によって細胞医薬品の低コスト化と安全性の実証が進んだ先には、“地域の医療機関で再生医療が受けられる社会”が訪れると期待できます。これまでは例えば、先進医療を実施している一部の医療機関でしか受けられなかった再生医療が、地域の中核病院で、保険適用された安価な医療費で受けられるようになれば、従来は対処できなかった疾病の治療にもつながるでしょう。
そうした未来の実現に向けて、解決すべきミッションは、コストの低減につながる細胞培養のさらなる効率化に加え、培養した細胞の変質リスクを抑える安全性の検証や、必要なタイミングで必要な場所に細胞医薬品を届ける保管・流通システムの確立などがあります。
これら多くの課題を一つひとつクリアしていくには、企業1社だけではなく、企業・団体・研究機関等の枠を越えた業界全体の連携が欠かせません。これまでDNPが積み上げてきたHDD社をはじめとする企業やアカデミアとのパートナーシップを強みとして、今後も製薬メーカーへの「可溶性マイクロキャリア」の提供や開発受託など、再生医療の裾野を広げる広範な活動を展開していきます。
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世界市場を視野に入れた基盤技術の実用化に向け、“新たなモノづくり、コトづくりへの情熱”をもつDNPさんはかけがえのないパートナーです。
DNPのパートナーとして「可溶性マイクロキャリア」の開発にも大きく貢献していただいたHyperion Drug Discovery(HDD社)の嶽北和宏氏は、DNPの果たした役割について次のように評価しています。
「DNPさんとは、前職の大阪大学医学部、前々職の医薬品医療機器総合機構(PMDA)で関わりがありましたが、当時から『これまでにない新規なモノづくり・コトづくりの情熱をおもちだな』という印象がありました。AI画像解析という当時最先端の技術を持ち込み、既存の評価基準を満たしつつ省力化・均質化を果たすプログラムを構築したり、再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)の理事企業として、平成26年の薬事法改正をはじめ、常に議論の中心メンバーの一社として活躍していたりと、技術・マインドの双方で頼れるパートナーでした。
そうした経緯もあり、今回の次世代型マイクロキャリアの研究開発におけるパートナーにも、確信を持ってDNPさんに声をかけさせてもらいました。結果、真摯にプロジェクトに向き合っていただき、開発スピードや提案力の面で大いに助けられました。
私たちが専門としている再生医療やバイオテクノロジーの分野における基盤技術は、そのほとんどが海外製品でシェアが埋め尽くされている現状があります。そのなかで日本発の新たな基盤技術を実用化し、未だ治療法の選択肢が限られる世界中の患者さんの手助けができれば、これにまさる喜びはありません。その意味で今後も、DNPさんとのパートナーシップには大いに期待しています。」
- 嶽北 和宏(たけきた・かずひろ)氏
株式会社Hyperion Drug Discovery 代表取締役社長
https://hyperiondd.jp
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)生物系審査第二部にて再生医療・生物由来医療機器の審査を担当。その後、PMDA 再生医療製品等審査部で主任として再生医療審査のリーダーを務めるとともに2014年の薬事法改正作業を担当し、再生医療等製品の規制整備を行う。2017年より大阪大学大学院医学部心臓血管外科の特任講師、2019年より重症下肢虚血治療共同研究講座の特任准教授としてヒト多能性幹細胞加工製品をはじめさまざまな医療製品の開発に従事。現在は、未来医療学寄附講座の特任准教授、再生医療および遺伝子治療の研究開発を目的とした(株)Hyperion Drug Discoveryとコンサルテーションを目的とした(株)ピーチコンサルティング、そして新規食材の研究開発を目的とした(株)Hyperion FoodTechを立ち上げ、代表取締役に就任。
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