印刷技術と再生医療の出会いが生み出した最先端のミニチュア臓器「ミニ腸」
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ヒトiPS細胞からつくられ、長径わずか1.5mmほどの楕円のサイズながら、吸収や蠕動(ぜんどう)など、人の腸と似たような機能を備える「ミニ腸」。この立体ミニチュア臓器は、再生医療の研究をリードする国立研究開発法人国立成育医療研究センターと、高度な微細加工技術を持つDNPが、共同開発で生み出しました。2021年12月に試験的な販売を始めるなど、本格普及に向けて開発を進めている「ミニ腸」をご紹介します。
目次
動物実験の制限や開発費用の高騰で、高まるミニチュア臓器へのニーズ
新しい医薬品、私たちの身近にある特定保健用食品や機能性表示食品など、これらの開発時に必ず実施されているのが、吸収効果の評価実験です。その初期段階で従来は、動物を対象とする実験で評価することが一般的でしたが、近年は世界的にアニマルウェルフェア(家畜福祉)※の機運が高まり、その代替手段が求められています。また、医薬や食品などの業界で、新製品開発の費用の高騰や期間の長期化も進んでおり、代替手段の開発が一層喫緊の課題となっています。
- ※アニマルウェルフェア:家畜の一生のストレスをできる限り少なくし、行動要求を満たすことが大切だという考え方。
こうした課題の解決に向けて需要が高まっているのが、立体的な形状でヒトの臓器と似た機能を持つ「オルガノイド」と呼ばれるミニチュア臓器です。再生医療の研究の成果を応用した技術で、さまざまな研究機関で開発が進められています。
とりわけ、ヒトの臓器の中でも複雑な構造・機能を持つ腸管のオルガノイドとして注目を集めているのが、DNPと国立成育医療研究センターが共同開発した「ミニ腸」です。2021年12月に試験販売を開始して、現在、製品化の動きを加速しています。
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「ミニ腸」生成を支えるDNPの「薄膜多層パターニング技術」
「ミニ腸」の大きさは楕円の長径で1.5mmほどですが、1cm程度のものまでつくることが可能です。これはこれまで確立されたオルガノイドと比較して大きく、幅広い研究に活用できます。立体構造を維持したまま、栄養吸収などヒトの腸管に近い機能を備えているのは「ミニ腸」の特長です。
構造にもポイントがあります。実際のヒトの腸管では、栄養を吸収する腸上皮細胞が内側にありますが、「ミニ腸」は表裏が逆で各種細胞が外側に露出しており、吸収効果を測定しやすくなっています。袋状の腸管の外側に腸上皮細胞があり、同時に筋細胞・神経細胞・粘膜固有層様相組織なども再現されています。
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「ミニ腸」を生成する際は、パターン培養基材にヒトiPS細胞※を播種し、30日ほど培養すると丸い形の細胞となって基材から自然に剥がれます。そこからさらに30日培養すると、「ミニ腸」が完成します。
- ※iPS細胞:さまざまな組織や臓器の細胞に分化する多能性幹細胞のひとつ。胚盤胞から細胞を取り出すES細胞と異なり、皮膚や血液など採取しやすい体細胞で作れる点が特長。
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ここで重要なのは、単なる基材にiPS細胞を培養するだけでは、「ミニ腸」は自然に生成されないという点です。複雑な構造・機能を有する腸管を再現するには、最適な形状で細胞を培養するためのパターン基材が必要となります。精密な正確さが要求されるこのパターンの形成を支えているのが、DNPが培ってきた高度な微細加工技術や精密塗工技術等を応用・発展した「薄膜多層パターニング技術」です。
この技術は、細胞が接着しない高分子をコーティングし、任意のパターンに合わせてUV光を照射することで、細胞が接着・成長する領域を形成するというものです。最適な形状パターンを設計する独自のノウハウと、これを培養基材に刻み込む数ナノ(10億分の1)メートル単位の微細な加工技術がDNPならではの強みです。
品質と使いやすさを追究するDNPのこだわり
2022年4月、これまで知見がなかった、新型コロナウイルスのオミクロン株やデルタ株等の腸管における増殖度合いを測定する実験に「ミニ腸」が採用※されるなど、2021年12月の試験販売開始以降は特に、「ミニ腸」の有用性に各方面から高い関心が寄せられています。
DNPはこうしたニーズに応え、確かな社会的価値を生み出すには、ミニチュア臓器としての品質向上に加え、利用者の“使いやすさ”を高める必要があると考えています。
例えば、生体組織由来のオルガノイドには凍結が難しいなどの特性があり、品質を保持したまま多くの研究機関に供給するには、専用の容器や輸送方法、受け渡しの仕組みを一から考え直す必要があります。また、機能性食品や医薬品等の開発プロセスに組み込むには、従来の動物実験や単体の細胞を使った実験との相関性を解明していくことが求められます。
「ミニ腸」の機能向上や品質安定化も大切なテーマですが、社会実装に向けたこうした課題の解決は、より難しい取り組みとも言えるでしょう。しかし同時に、食品や医薬系をはじめとする多彩な業界で、多くの企業のニーズに応えてきたDNPが真価を発揮できる分野でもあります。
現在DNPは、独自に培ってきたロジスティクスの技術・ノウハウ、医薬品開発支援(CRO:Contract Research Organization)関連のパートナー企業のネットワークに加え、容器包装や画像解析などを総合的に活かして、解析ソフト等と組み合わせた受託検査パッケージサービスとして提供することも考える必要があります。「ミニ腸」の5年以内の本格販売開始をめざして研究を進めています。
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※国立成育医療研究センター プレスリリース
新型コロナウイルスの増殖性を立体臓器「ミニ腸」で検証 〜デルタ株とオミクロン株の全く異なる特性を発見〜
https://www.ncchd.go.jp/press/2022/0512.html
メディカル・ヘルスケア分野全体の底上げを図るDNPの挑戦
再生医療の進歩はめざましく、「ミニ腸」のようなオルガノイドは、今後数年で他の臓器にも広がっていく見込みです。特に創薬分野では脳や心臓、肺などのオルガノイドのニーズが高いと考えられるほか、それぞれの臓器を連動させて人体全体への影響を検証する手法の確立も見込まれています。
DNPは、2011年の設立時から「再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)」に参加するなど、早くからメディカル・ヘルスケア分野の事業開発に取り組んでおり、引き続き多臓器オルガノイドの開発も視野に入れ、長期的な視点で研究を進めていきます。
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DNPが「ミニ腸」の研究に着手してから試験販売まで、約10年が経過しました。次の10年、オルガノイド分野の最前線で得た知見などを活かして、メディカル・ヘルスケア分野全体で新たな事業開発に取り組んでいきます。10年後、どのようなイノベーションが形になっているか、DNPのさらなる挑戦にご期待ください。
- ※記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。
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