モビリティ事業部・新事業開発部長 椎名隆之

地域DX推進の現場から~持続可能なまちづくりをめざして~

2021年に「デジタル田園都市国家構想」を政府が発表するなど、デジタルの力も活かしながら地域を活性化するための企業と自治体の連携が加速している。DNPも積極的に、専門家の派遣等による「地域DX(デジタルトランスフォーメーション)」のソリューション提供を推進。連携先の一つである「三重広域連携モデル」は、2022年6月にデジタル田園都市国家構想推進交付金の対象に採択された。DNPでこうした事業を統括するモビリティ事業部・新事業開発部長の椎名隆之に、「地域DX」の可能性と社会的な価値を聞いた。

目次

地域の活性化は日本経済全体の成長エンジン

地方からデジタル化を進め、地方と都市部との差を縮め、さらに世界と各地域のつながりを強化する。
こうした「デジタル田園都市国家構想」の考えを実現すべく、DNPは「持続可能なまちづくり」を支援している。
現場に立つ椎名の目には、地方だからこそ見える、地域の境界を越えた日本全体の課題が映っている。


「日本社会が停滞している大きな要因の一つに、首都圏一極集中による地方の衰退があると思います。
私は、日本全体を元気にするには各地域の課題解決から着手しなければならないと考え、地域分散型の経済成長を実現する仕組みの構築に取り組んでいます。」
 

アメリカ発の巨大IT企業による国際市場の席捲、経済成長が続く中国をはじめとする新興国、環境のルール策定で先手を取る欧州、サイバー空間に広がる新しい経済圏など、日本の出遅れに対する危機意識は多くのビジネスパーソンにも広がっているが、そうした課題の解決にもつながるものとして椎名は「地域DX」に着目している。
 

【インタビュー動画・1分27秒・音声が流れます】


「日本には1,700を超える自治体がありますが、そのうち半数以上は過疎化しています
DXという新たな手段で地方分散型経済を構築し、それぞれの地域に新しい雇用を創り出すことは、課題解決の方法としてもビジネスとしても必然の流れだと思っています。」

  • 出典:総務省「過疎関係市町村都道府県別分布図」 2022年4月


「地方創生は国や自治体の役割」という認識も広く・根強いものがあるが「民間企業こそ参入すべき」というのが椎名の考えだ。


「『地域DXはお金になるのか?』とよく聞かれます(笑)。
でも、社会課題の解決のためにビジネスを創出していくのは今後『あたりまえ』になると思っていますし、実際そこには大きなビジネスチャンスがあります。
民間企業が持つ専門的なノウハウやビジネスに対する緊張感なども、国や自治体は求めているのではないでしょうか。」

 

モビリティ事業部・新事業開発部長 椎名隆之


椎名は現在、各種製品・サービスを開発・提供して人々の“移動”を安全・安心かつ快適なものにしていくDNPのモビリティ事業部で、新規事業を開発する部門を率いている。
DNPグループ全体が連携して推進する「地域DX」の先端を走る組織でもある。


「『まちづくり』というテーマでDNPグループは、人々の健康・安全を支えるヘルスケアや食品・医薬品等のパッケージ、リアルとバーチャルの空間を融合するXRコミュニケーション、地域の価値を高めるブランディングや美術館・博物館との連携など、さまざまな領域でアプローチしてきました。
こうした社内のあらゆる強み・リソースを駆け合わせ、人々の“移動”に関する専門的な技術・ノウハウを活かして、モビリティ関連の新しい価値、新しい事業を開発していくことが私たちのミッションです。」
 

「モビリティ」と「地域」を結ぶキーワードに、「サービスとしてのモビリティ」=「MaaS(Mobility as a Service)」がある。
複数の公共交通やその他のサービスを組み合わせ、一人ひとりの移動のニーズに応える新たなサービスを指すMaaSが国内で注目され始めた2018年の前年に、モビリティ事業部が立ち上がった。


「2018年頃、MaaSに関連して、ITベンダーの投資や各種ソフトウェア・アプリの開発が活発になりました。当時の中心的な課題は、“公共交通サービスの在り方”についてでした。
しかし、移動の基本的なインフラである公共交通は、どんなに高度化・効率化しても、運賃を大幅に上げることができません。
私たちは、そうした制約がある公共交通サービスを持続可能なビジネスにするには、生活に関わる別のサービスと連動させることが必須だと考え、辿り着いたのが“スマートシティの構築”でした。」

地域との共創による地域課題解決を担うDX推進をサポート

DNPは地域活性化の実現に向けて、DXの推進・各種課題の抽出・ビジョンの策定・推進体制の構築など、あらゆる業務プロセスに対して、自らが参画する“ハンズオン”方式で支援している。

  • DMO(Destination Management Organization:観光地域づくり法人):地域の観光資源を活かし、地域と協力しながら魅力的な観光地をつくり出していく組織。
  • ハンズオン支援:専門家を実地に派遣し、課題解決の実行支援を行うこと。

(参考)スマートシティの実現に向けたDNPの地域創生・まちづくり
https://www.dnp.co.jp/biz/theme/smartcity/
 

「6町連携モデル」でスマートシティに向けた実証を推進

椎名が注力する「地域DX」事業の一つが、「デジタル田園都市国家構想『三重広域連携モデル』」だ。
DNPは「三重広域連携スーパーシティ」を牽引する代表企業として、三重県の6つの自治体、30社以上の企業と組み、公共交通の廃止による交通空白地域の増加、地域医療の減少と医療費の増大といった課題の解決にアプローチしてきた。
それが2022年6月、「デジタル田園都市国家構想」として国に認められた。


「もともと三重県の多気町の方々と縁があり、『スマートシティに取り組んでみたい』と言われていました。
しかし政府の構想に採択されるには、一つの自治体だけでは困難だったのです。
そこで他の地域とも交渉し、6つの町が連携する形で、2020年の10月に内閣府の『スーパーシティ型国家戦略特区』に申請しました。
6町もの広域連携は全国的にも稀であり、交渉を進める上では苦労もありました。」

  • スーパーシティ:“2030年頃の未来社会”を先行して実現することをめざした都市構想。地域の課題最新技術で解決し、より便利で快適な都市をつくっていく取り組み


一般社団法人デジタル田園都市国家構想応援団」の設立総会

2022年2月、「地域DX」を産官学の連携によって後押しする団体として「一般社団法人 デジタル田園都市国家構想 応援団」が設立された。国会内で開かれた設立総会に椎名も参加した。(写真提供:一般社団法人 デジタル田園都市国家構想 応援団)


スーパーシティの推進に向けた協議会を発足するプロセスで、DNPの働きかけによって多くの企業の賛同を得たことがきっかけとなり、このプロジェクトのファシリテーター役をDNPが担うこととなった。
ここから椎名は、各地域のさまざまな場所に足を運び、地元の人々と接しながら課題を抽出して解決する“ハンズオン支援”の第一歩を踏み出した。


「三重県との事業で重視したことは、『社会課題を解決すること』『競争が激化した市場で闘わないこと』『小さな成功体験から段階的にスケールアップすること』の3つです。
首都圏一極集中を何とかしたいという問題意識が起点になっているので、この3つに狙いを定めました。
その上で、DNPとしても事業拡大の機会を獲得するため、まずは日々地域の方と接して、ヒアリングや意見交換を重ねてきました。」
 

多くの賛同者が集まる一方で、反対意見も現れる。
椎名は役場を回ったり、議会で説明したりすることで、お互いが協調できる関係を構築していった。


「時には『町の金を獲りに来たのか』と批判されることもありました。
しかし多気町の久保行央(ゆきお)町長をはじめ、構想の当初から賛同してくれた人々が私たちをバックアップしてくれたおかげで、同じ課題・目的を共有できるようになりました。

『デジタル田園都市国家構想』に採択された時には、『協力してよかった』という雰囲気に包まれました。
この事業はビジネスの“受発注の関係”ではなく、関係者全員が全力で協調しながら行っているものなので、振り返れば、最初の人間関係づくりがポイントだったと感じます。」
 

「三重広域連携モデル」合同記者発表の様子

2022年6月、「デジタル田園都市国家構想推進交付金TYPE2」に「三重広域連携モデル」が採択され、各町の首長等による合同記者発表を行った。写真一番左が椎名。(写真提供:三重県多気町)



また、国に採択されるには、一定の実績を示す必要もある。
今回「デジタル田園都市国家構想交付金事業」に採択された27のエリアのうち、三重県とDNPの案件はデジタル庁統括官が直接担当するなど、これまでの実績が評価され、高い期待を寄せていただいていることが伺える。


「『企業の人が地域に足を運び、旗振り役となって街づくり全体を推進することは珍しい』と、デジタル庁からコメントいただいた時は、自分の使命をあらためて自覚しました。
2021年には、さまざまな用途に利用可能な“マルチタスク車両”で、看護師や保健師が患者の自宅を訪問する『オンデマンド医療MaaS』の実証実験を開始しており、採択に当たって、こうした取り組みを評価いただけたのだと思います。
今後は、ドローンや自動運転と比べると地味ですが、スマートシティの根幹としての“データ連携”の基盤構築を確実に進めていく必要があると思っています。」



「地域DX」による多様なサービスを可能にするには、データ連携のための基盤が必須となるが、地域の隅々にデータを行き渡らせる汎用性の高いシステムの構築は容易ではない。
実装に向けて多くの地域が取り組みを進める中、DNPは三重エリアで2022年中の構築をめざしている。


「ヒト・カネ・モノが東京に一極集中している状況は、あらゆるデータも東京の企業が集約していることを意味します。
こうした状況に対して、さまざまな地域の内外でデータ連携できる仕組みにしていくことが重要だと思います。
そうしなければ、私たちが三重エリアで進めているMaaSのほか、AIの利活用やデジタル地域通貨も単体のサービスに留まりますし、単体の成功だけでは本当の意味での成功とは言えません。

地域の人たちに開放され、誰もが利用できるプラットフォームを構築することで、各々の地域での新たな雇用や経済の活性化につながります。
地域経済の低迷も過疎化も“仕事がない”ことが根本原因の一つですので、雇用を創出できる地域のデータ基盤は、地域活性の起爆剤になるはずです。」
 

データ連携基盤の意義・重要性については、「オンデマンド医療MaaS」で中心的な役割を担うMRT株式会社の小川智也社長も言及している。
MRT株式会社は、経済産業省「無人自動運転等の先進MaaS実装加速化推進事業」の実証事業に関わる受託事業者に選定されるなど「医療MaaS」の社会実装を視野に入れた新しい取り組みを推進している。


「医療・ヘルスケア分野に留まらず、多彩なデータを連携できることは、大きな可能性を秘めています。
例えば、喘息や狭心症、リウマチなど、気候との因果関係が大きい症状は、疾病・服薬のデータと天候・気圧のデータなどを連動させることで、事前の予防処置が可能になります。
また、救急車の位置情報と連動すれば、救急対応の迅速化も図れます。

こうしたサービスの実現は、医療機関が不足しがちな地方において特に意義があります。
すでに技術的な課題はクリアされ、現在は医療機関や自治体、関係省庁との調整を進めています。」
 

MRT株式会社 小川智也社長

MRT株式会社 小川智也社長

三重広域連携モデルにおける「地域DX」プラットフォームの概要図

地域における横断的なデータ基盤を構築することで、各種のデジタルデータやサービスの相互連携が可能になる。この仕組みの上で、分野横断型の幅広いソリューションを提供することが、DNPの「地域DX」の特長。



人々が相互に利活用できるデータ基盤が整うところで初めて、スマートシティが実現する。
三重エリアのプロジェクトは、長い道のりを歩み始めたばかりだが、2022年6月の「デジタル田園都市国家構想推進交付金」の採択に加え、9月にはプラットフォーム構築に向けた「一般社団法人三重広域DXプラットフォーム」を設立した。
地元の三十三銀行も団体設立に協力いただいており、「地域DX」はさらに加速している。


「私たちはそこに住む人々の視点を重視しています。サービスの立ち上げは“ゴール”ではなく、まさにそこからが“スタート”です。
地元の皆さんのニーズに1つずつ応えながら進めているので時間はかかりますが、着実に最終的な目標の達成をめざしています。
こうした方針に賛同してくれるパートナーさんも多いので、協業体制で取り組んでいけば、もっとスピーディーにスマートシティを実現できると思っています。」
 

スマートシティに多様なサービスを実装する上でも欠かせないパートナー企業。MRT株式会社・小川氏は、スマートシティの事業価値について、次のように語る。


「今はスマートシティへの先行投資の段階です。
その先のリターンを見据えると、必要なネットワークや実績、ノウハウを先行して獲得できる価値は非常に大きいと思います。
人口構成比が変化して地方分散が進むなど、社会構造が大きく変わる中で、このアドバンテージは大きなメリットにつながると感じています。」

多彩なソリューションを持つDNPだからできること

三重の事例のように、全国の自治体はそれぞれの特性・個性を活かしたDXを推進している。
そうした自治体に寄り添い、人々の利便性と地域の魅力を向上させる「持続可能なまちづくり」を支援するのがDNPの姿勢だ。
三重で得たノウハウを他の地域に応用していくことについて、椎名は次のように話す。


「さまざまなナレッジを蓄積できたので、三重で3年かかったことを、他の地域では1年前後で遂行できるようになるでしょう。
私たちの実績が認められ、すでに始動しているプロジェクトもあります。
自治体ごとに異なるニーズに応えられるよう、DNPグループの“多彩なソリューション”を強みとして活かしながら、次々と新しいビジネスを生み出していきたいです。」
 

モビリティ事業部・新事業開発部長 椎名隆之


また椎名には、「日本におけるビジネスの考え方をアップデートしたい」という強い想いもある。


「『地方創生やスマートシティは儲からない』『SDGsはボランティアでありビジネスにはならない』といった先入観を持つ人も見受けられますが、そうした考えは非常に遅れていると思います。
海外ではソーシャルビジネスに巨大な資本が動き、関連するベンチャー企業も活性化している国・地域がありますし、日本でも投資を呼び込むようなソーシャルビジネスを成長させることで、より良い未来をつくっていきたいと思います。

ビジネスは本来、社会に貢献するインパクトやマーケットの期待に対して、新たな資本が集まって成長するものだと思います。
そこでは、競合し合う関係ではなく、強みを持ち寄って協力し合う関係が重要です。
こうした“健全な循環”を忘れていたのが、日本の“失われた20年”なのかもしれません。

私たちDNPが旗振り役となって、より良い未来をつくり出したいというパートナーとともに、『地域DX』のロールモデルを生み出していきたいと考えています。」

 
 

大日本印刷株式会社 モビリティ事業部 新事業開発部 椎名隆之

1996年入社。食品パッケージの企画業務を担当した後、ペットボトル無菌充填システムのプラント導入プロジェクトに参画。
国内外20カ所以上のプラントへの設備導入に携わる。
その後、本社事業企画部門にて事業戦略策定やM&A業務に従事。
2017年、モビリティ事業部の立ち上げとともに新規事業開発を担当し、現在に至る。

  • 記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。