福岡・天神地下街「たすけっと」実証実験で、車いすの方を手助けするマッチングに成功

人のつながりが街を元気にする。 福岡・天神地下街「たすけっと」実証実験で見えた「街づくりの可能性」

2019年2月〜3月にかけて福岡市の天神エリアで行われた「街なか手助けサポートプロジェクト(以下、たすけっと)※1」の実証実験。DNPは、誰もが自由に移動を楽しみ、活躍できる社会をめざし、同プロジェクトを推進している。今回は、実証実験に協力いただいた天神地下街を管理運営する福岡地下街開発株式会社の大園喜代香氏、藤田茂氏のお二人に、「たすけっと」実証実験を通して見えた街の人の反応や、改めて気がついた街づくりの課題について話を伺った。

目次

2019年7月にたすけあいアプリMay ii(メイアイ)として再スタート、2024年8月にサービスを終了いたしました。

インタビューにお答えいただいた大園氏(右)と藤田氏(左)。天神地下街で撮影。

【写真右】
福岡地下街開発株式会社 総務企画部部長
大園喜代香氏


【写真左】
福岡地下街開発株式会社 総務企画部次
長藤田茂氏


「たすけっと」実証実験の実施に欠かせないLINEBeacon設置の協力から始まり、実証実験の実施にあたって天神地下街関係者への事前周知、利用者への告知など、運営時に不都合がないよう、多くのサポートをしていただいた。

「たすけっと」を通して肌で感じた、サポートを求める声

「目的地への行き方を教えてほしい」——。天神地下街の見回りをしていると、スマートフォンにLINEの通知が届いた。「サポートに行きます」と返信して、待ち合わせスポットへと向かう。

指定された待ち合わせ場所ではリクエストした人が不安そうな表情で待っていたが、声をかけると安心した表情に。聞けば、「福岡タワー行きのバスに乗りたいけれど、バス停がわからない」とのこと。福岡市内はバスの路線が充実しており、天神エリアはターミナルであるためバス停が多い。市民でもすべてのバス停を把握していないので、観光客ではなおさら、目的地に向かうバス停を見つけるのは難しいかもしれない。

「福岡は初めてですか?」といった会話をしながら、バス停へと案内した。「ありがとうございます、助かりました」。そう言って観光客はバスに乗り込んだ。

天神地下街で、サポーターが車いすを押している
福岡の天神地下街で行われた「たすけっと」実証実験のようす

2019年2月から3月にかけて行われた、移動時に困っている人と手助けができる人をスマートフォンでつなげる実証実験。その期間中、天神地下街の企画・広報を担当する藤田氏は、自身も一人のサポーターとして参加した。スマートフォンに「サポートしてください」というメッセージが届くと、可能な限り手助けに向かったという。

藤田氏は当時を振り返り、次のように話す。

「以前から天神地下街の案内所には施設についてだけでなく、電車やバスの乗り換えに関するお問い合わせが多く寄せられていたのですが、この実証実験でも、バス停の場所に関するサポート依頼が多くリクエストされました。今回、困っている人を直接手助けする中で『どんなことに困っているのか』、『(サイン看板など)どういう点がわかりにくいのか』について、生の声を聞くことができたのが良かったです」(藤田氏)

クチコミで広がる善意の輪。1万3000人以上のサポーターが活躍

実証実験が行われた2カ月の間で、1万3000人以上のサポーターが活躍し、341件の手助けが成立。これまでの実証実験の中でもかなり高いマッチング率となった。

今回、多くの天神エリア訪問者が、この取り組みに共感しプロフィールを設定した。そしてその“半分以上”の方が実際にアクションを起こして、手助けの待機をしてくれたことに、福岡の人のやさしさや自分たちのチカラで街をよくしようとする地元愛が感じられる。

サポーター登録数4638人、実験エリア参加人数2625人、期間中のエリア参加延べ人数13281人、リクエスト数928回、マッチング数341回

実証実験結果(2019年4月1日時点の集計)

また、DNPが「たすけっと」実証実験の参加者にアンケートをとったところ、日常で街なかで困っている人に気づくようになったり、声をかけるようになったなど、その後の行動に変化が表れたことがわかった。

参加者へのインタビューでも、初めて車いすユーザーの手助けをした高校生が、「介助がうまくできなかったが、『そんなに気を遣わなくていいですよ』と言われて、次から気軽に声をかけてみようと思った」と話していたという。

インタビューに答える藤田氏

「正直、最初に『たすけっと』実証実験への参加の相談をいただいたときは、『利用する人なんているのかな?』と懐疑的でした。でも、スタートしてみたら、1万人を超えるサポーターの参加があって驚きました。一度体験して興味を持ってくれたのか、何度も参加する方が多かったですね」(藤田氏)

一人でも多くの方に参加してもらい、手助けを体験してもらうことも実証実験の目的の一つ。DNPは、事前に「たすけっと」実施告知のポスターを街なかに貼ったほか、周辺に体験ブースを設置するなどして認知を図った。こうした取り組みが功を奏し、多くの参加者が集まったと考えられるが、藤田氏は「何より、共感してくれた人がたくさんいたからだと思います」と話す。

「『たすけっと』の趣旨に共感して、自分も困っている人を助けたいと思った人が多かったのだと思います。サポーターの方に話を聞く機会があったのですが、『福岡で実証実験をすることを知って、ぜひ参加したいと思った』という方や、『自分がサポーター体験した後、周りの人にもすすめた』という方がいました。クチコミで善意の輪が広まったという印象があります」(藤田氏)

インタビューに答える大園氏

藤田氏と同じくサポーターとして「たすけっと」に参加した大園氏も、次のように感想を述べた。

「LINEを使って気軽に参加できるので、ボランティアをしたことがない人にもおすすめしやすいと感じました。実は当初、DNPさんから『感謝のしるしとして、サポート回数に応じて何かしらのインセンティブをプレゼントするのはどうか』というご提案があったのですが、お断りしたんです。『インセンティブなんかつけなくても、福岡の人は困っている人がいたら手助けする!』って信じていましたから」。

人と人のつながりで「歩いて出かけたくなる街」をめざす

多くの人が通る天神地下街のようす

デコボコとした天神地下街の石畳

一方、「たすけっと」を通して多くの人の声を聞く中で天神地下街が抱える課題も見えてきたという。

例えば、車道の下に造られた地下街という立地上、どうしてもエレベーターやエスカレーターの数が限られてしまう。また、中世ヨーロッパの街並みをイメージして造られた天神地下街は、緩やかな傾斜がついた石畳の道が特徴。そのため、車いすやベビーカーユーザー、杖をついている方にとっては、石畳によるわずかなデコボコも緩やかな傾斜も「通行しにくい」という課題になってしまう。

移動困難者を対象にしたアンケートによると、「行きたい場所に行くことをあきらめたことがある」と回答した人は75%、さらに「周囲の人からの手助けがあれば、もっと行ってみたいところに行けるのに…と思う」と回答した人が88%いるという現状がある。

今回の実証実験では、そんな普段のお出かけをあきらめている車いすユーザーからのサポート依頼は全体の16%、ベビーカーユーザーからの依頼は全体の5%と多く、サポーターからの手助けによって行きたいところにスムーズに行けたことがわかった。「手助けしてくれる人たちがいる」ことは、お出かけをあきらめていた人たちを街へと向かわせるきっかけとなるのだ。

実際、車いすユーザーの女性から「天神地下街にあるタピオカミルクティのお店に行ってみたくて依頼したら、サポーターが来てくれてスムーズに誘導してくれた。これまでよりも外出するのが楽しみになった」という声も寄せられた。

地上と地下街をつなぐ階段にある天神地下街のマーク

天神地下街が開業した1976年は、まだユニーバーサルデザインという考え方がなかった時代。多くの人が不自由さを感じることなく、誰にとっても出かけやすい街となるためにはエレベーターやエスカレーターの設置といったハード面での改善が求められるが、これらの対応にはどうしても時間がかかる。そこで期待されるのがソフト面の力、つまり人と人のコミュニケーションだ。大園氏は次のように語る。

「困っている人に声をかけるという行為が今まで以上に当たり前になれば、車いすやベビーカーユーザーの方にも『天神に出かけたい』と思ってもらえるようになるはず。一度手助けの体験をすることで『次は自分から声をかけてみよう』という人が増え、善意の循環が生まれていけば、さらに人が集まりやすくなります。そう考えると、手助けを求める人と手助けできる人をつなぐ『たすけっと』のような取り組みを続けるのは、街を盛り上げる1つのきっかけになると感じました。」

インタビューに答える大園氏と藤田氏

また藤田氏からは、天神という街の特性をふまえて次のような意見が出た。

「天神にはさまざまな商業施設があり、当然ライバル同士です。でも、まずはお客さまのために一致団結するという風土があるんです。なので、そうした商業施設をつなぐ地下街を預かる私たちとしては、みなさんの想いを汲み、街全体の回遊性を高めて、誰にとっても便利でお出かけしやすい街にするというミッションがあります。『たすけっと』は、そうした私たちのめざすものと合致したサービスだと感じました。」

双方の心のハードルを下げて「声かけ」を街の文化に

今回の「たすけっと」実証実験では、困っている人に気づけるツールを提供することで、サポーターの声かけのハードルを下げることができた。一方、移動で困っている人にとっては、周囲に助けを求めるツールを提供することでお出かけのハードルを下げ、外出促進につながることが明らかになった。

また今回の実証実験で、「移動中に困っている人は“必ずしも障がいのある人だけではない」ということが分かった。土地勘がない人やスマホ検索が使いこなせない情報弱者にとっては、案内板を見ても、スマホで検索しても情報を取得し理解することに負荷がかかっているようだ。お出かけを楽しみたいけど“情報取得が困難な”観光客にもニーズがあるのだ。DNPは、これまでの検証をもとに2019年度夏頃に街なかでの手助けを促進する新たなアプリのリリースを予定している。

「街を元気にするのは人の力。最初のきっかけは必要かもしれないけれど、手助けしあうことが街の文化になってほしい」と最後に語った大園氏。今回の天神地下街での「たすけっと」実証実験から、街づくりの一つの可能性を感じることができた。

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