移動中に困っている人を手助けしている様子

心のバリアを乗り越え「手助け」をもっと気軽に。「助け合う社会」実現のために。

2018年8月3日〜31日の間、JR大阪駅改札外で実証実験「スマホで手助け」が行われた。スマートフォンを活用した助け合いのインフラの構築をめざす取り組みだが、今回の実証実験で明らかになった課題と可能性とは何か?プロジェクトチームでサービスデザインを担当する米山剛史と、PRを担当する平尾顕太郎の両名に話を聞いた。

目次

2019年7月にたすけあいアプリMay ii(メイアイ)として再スタート、2024年8月にサービスを終了いたしました。

笑顔を向ける平尾さんと米山さん

写真右:
ABセンター コミュニケーション開発本部
米山 剛史

写真左:
情報イノベーション事業部 C&Iセンター
第1インテグレーテッド・コミュニケーション本部
平尾 顕太郎

「移動中に困っている人を助ける」ことの難しさを実感

現在の「スマホで手助け」の仕組みは、LINEアカウントに友だち登録している人が指定のエリア内に入ると、近くにいる手助けを必要とする人からのサポート依頼が届き、手助けできる場合にサポートの意志を表明すると、困っている人の元へと案内されるというもの。

第1回目の実証実験は、東京メトロ銀座線の車両内で席を譲ってほしい妊婦と譲りたい乗客を対象に行われたが、今回は西日本旅客鉄道株式会社、株式会社ミライロと共同で、JR大阪駅改札外のコンコースなどのエリアで実証実験を実施。対象もベビーカー利用者、車いす利用者、道案内が必要な外国人観光客などに広げ、「移動中に困っている人を助ける」というコンセプトで展開された。

*JR大阪駅における実証実験の概要は、下記よりニュースリリースをご覧ください。
https://www.dnp.co.jp/news/detail/1190120_1587.html

実証実験に参加した米山剛史は、「JR大阪駅は柱や段差が多く、構内も複雑で、車いす利用者やベビーカー利用者にとっては移動がとても大変だと感じました。バリアが多い場所でこのサービスがどのくらい活用されるかを試してみたかった」と話す。

インタビューに答える米山さんと平尾さん。

約1カ月の実証実験を終えてみると、移動困難者のサポート依頼が334回あったのに対して、助けに行く意思表示が64回という結果となった。その間、サポーター側は563名が実証実験エリアを実際に訪れ、延べ3,075回「スタンバイ状態」となった。実証実験エリアに足を運んだサポーターの数としては予想以上の数字だったが、マッチング数としては、米山らが当初期待していた数字より低い結果となった。

サポーター4277名が登録。実証実験中に手助けをスタンバイしていた人3075回。手助けの要請にこたえた数は64回。マッチング率は19%だった。

「スマホで手助け」詳しい実験結果はこちらをご覧ください。

手助けの“内容”によって、心のバリアが異なる

インタビューに答える米内山さん。

なぜこのような結果になったのか。米山はこう振り返る。
「前回は妊婦さんをターゲットにし、手助けの方法も席を譲るというシンプルなものだったので、実行しやすかったのだと思います。今回はターゲットの幅を広げ、手助けの種類を『バリアフリールート案内』『駅施設・乗り換え案内』『目的地案内』『段差乗り越えサポート』の4つに増やしたのですが、『きちんと正確に対応しなくては』と身構えてしまうサポーターが多かったのかもしれません。手助けの内容によってもマッチング率が変わりました。

道案内の依頼には約20%のサポーターが手助けの意思を表明したのに対し、『バリアフリールート案内』の依頼には7%ほどしか手助けするという意思表明がありませんでした。

「スマホで手助け」を紹介したポスター

これは、普通の道案内ならできるけど、バリアフリールートとなると『自分には分からないし、助けるのは難しそう』と思ってしまう人が多かっのだと想像できます。手助けの内容によって、心のバリアができてしまうことが今回分かりました」

実証実験のPRを担当した平尾は、今回の結果からプロモーションツールのクリエイティブ面での課題を指摘する。


「実証実験への参加を呼びかけるため、基本的なPRであるマスメディアでの露出をはじめ、主要駅や空港等においてポスターやサイネージの媒体も活用しながら訴求し、一定の反響が得られました。

ただ、今回は手助けの対象を車いす利用者、ベビーカー利用者、外国人観光客の方などに広げた中、それらを1つのクリエイティブ内にすべて集約したのですが、結果各ターゲット層に対し具体的にどんな手助けが受けられるのかが100%伝わりきらず、サービスの十分な理解へと繋がりにくかったのではと考えています。

次回の実証実験ではプロモーション戦略を見直し、各ターゲットユーザーへ向けてよりシンプルでわかりやすいメッセージを伝えるとともに、実証実験エリアの近くに「スマホで手助け」を体験できるブースを設けて、より多くの人に体験してもらいたいと思っています。また、そうした様子をメディアに取り上げていただくことで、参加へのモチベーションを喚起していく予定です」

インタビューに答える平尾さん

一方で米山は、この実証実験で「助け合うことがあたり前の社会」の一端を見ることができたと証言する。
「サポーター登録していただいた方がJR大阪駅構内に詳しい人で、Twitterで『自分のスキルを活かせる機会。(実証実験エリアで)30分待機します』と発信してくれました。それも何回も。誰かのために手助けしたいと思っている人がいることを、改めて実感しました。また、ある障がい者の方が『健常者とのコミュニケーションを取れることが嬉しい。逆に、障がい者が知っている面白い世界も紹介できる』と語っていたのも印象的でした。システムの構築が目的ではなく、そこに生まれる“助け合いの機運の醸成”が目的の私たちにとって、何より心強いエピソードでした」

「自分にも何かできる」と思ってもらうために

今回の結果で明らかになった、サポーター側にできる「心のバリア」。困っている人を助けたいという気持ちがあっても、「間違ってはいけない」とか「声をかけたら迷惑かもしれない…」といったサポーター側の不安を解消し、助け合いの社会を実現するためにできることは何か? プロジェクトチームでは、この次の実証実験に向けて、現在さまざまな検討を重ねている。

平尾は「まずは手助けのハードルを下げることが必要」と話す。

「車いす利用者をサポートする、外国人観光客に道案内するといった内容だと、一人で対応できるのかとか、英語が話せないし、などと身構えてしまう人が多いかもしれませんが、困っている人を手助けすることはもっと小さなこと、『なにかお手伝いできることはありますか?』と声をかけてあげることが第一歩です。まずそうした気軽な手助けを喚起し、手助けすること自体を身近に感じてもらいたいです」

車いすの方を階段で手助けする様子

続いて、米山は次のように語る。

「僕たちのコンセプトは、社会の“溝”を埋められるという点が意義深いと考えています。例えば駅の場合、各事業者は自社路線内のバリアフリー化などの対応をしっかりしているものの、乗り換えの通路などお互いの接続部分はどうしてもサポートが薄くなりがちです。移動困難者の自由な移動を叶えるためには、各事業者の管轄範囲内での「点」での実施ではなく、移動全体のジャーニーを捉えたうえで、一体的に「面」でサポートする必要があります。

さまざまな事業者がタッグを組んで実施することで、そうした“溝”となりがちな部分のセーフティネットとしてより機能しやすくなるはずです。前回は電車の車両内、今回は大阪駅コンコースへと対象エリアを広げてきたこの実証実験ですが、今後もさまざまな企業と連携しながら、そうした“溝”となる部分をつなぐ役割を果たしていきたいと考えています。プロジェクトは、まだ始まったばかりです」


取材の最後に「チームのモチベーションは、高そうですね」と声をかけると、米山は大きくうなずき、こう締めくくった。

「個人的な思いですが、このプロジェクトの運営母体をDNPが務めていること自体がうれしいのです。大勢の人がいて、多様なファンクションを持つこの会社で、まるでスタートアップのような動きを認めてもらえている。ビジネス化を進めなければいけないという課題もあるので、その責任の重さをひしひしと感じる一方、世の中に役立つ仕組みを作ることでDNPの新しい魅力をみなさんに感じていただくチャンスだと感じています。最高の舞台を用意してもらったので、あとは私たちが結果を出すだけです」

サポートする側とサポートを受ける側の距離を縮めて、お互いが自然に声をかけ合えるやさしい社会を実現するために。プロジェクトチームは1つずつの課題に向き合い、挑戦を続けていく。

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