出版社の能力を活かすエコシステムを作り
「MDAM(エムダム)」から新しいサービスの創出を
雑誌の編集制作支援機能とアセットマネジメント機能を備えた総合誌面制作プラットフォーム「MDAM(エムダム)」。集英社が中心となって開発が進められてきましたが、これまでに複数の大手出版社が採用し、2021年7月からDNPがパートナーとなって出版各社への導入支援に取り組んでいます。開発に携わってきた株式会社集英社ブランドビジネス部デジタルデザイン室の松下延樹氏は、「『MDAM』を通して出版業界のエコシステムを作りたい」と話します。コラム前編では「MDAM」開発の背景や、導入によって得られた効果についてお伺いしましたが、後編となる今回のコラムでは「MDAM」の今後の展望と出版DXの可能性について、松下氏に伺いました。 ※2022年5月公開
プロフィール
株式会社集英社
ブランドビジネス部デジタルデザイン室
松下 延樹氏
2001年入社。「Seventeen」などファッション誌の整理編集を担当した後、雑誌デジタル編集室で雑誌の電子版配信に携わる。2016年から「MDAM」の企画に取り組み、以後、開発・運営及び導入を推進。
目次
1社で運用するよりも、業界全体で活用したほうがメリットがある
——「MDAM」は総合誌面制作プラットフォームとのことですが、どんな機能があるのでしょうか?
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松下氏:「MDAM」 は雑誌制作のワークフローを標準化し、誌面を構成する画像やテキストなどを一元管理できるプラットフォームで、台割システムやWebのCMSなどへの連携機能があります。
台割と誌面レイアウトを連動してプレビュー表示できる機能があり、制作の進捗を関係者で共有できるほか、ライターや編集者が直接レイアウトに原稿を入力できるなど、プラットフォーム上で編集・入稿・校正作業をすることができます。また、過去の下版データの素材を一括管理できるため、該当誌面や素材をすぐに検索・ダウンロードするなど、コンテンツの二次利用がしやすい点も特徴です。
これによって、雑誌制作の現場でワークフローの標準化が進んだことに加え、広告案件やWeb、SNSへの展開、ムック化などの際に関連データを揃える手間が減り、会社全体として効率化が進みました。
——現在は集英社以外の出版社でも「MDAM」が採用されていますね。
松下氏:現在は小学館、講談社、世界文化社グループ、主婦と生活社、光文社など各社で採用されています。
集英社で「MDAM」を導入後、しばらくしてから、他の出版社さんに「当社ではこういうシステムを独自に開発して使っているんです」とご紹介する機会がありまして。もちろん、各社が自前でシステム開発しようと思えばできたとは思いますが、「すでに出来上がっているシステムがあるなら一緒に使いたい」というご要望をいただき、「MDAM」の導入が広がっていきました。
やはり、雑誌制作の現場が抱えている課題は各社同じだったんですよね。こうした中で、各社がバラバラのシステムを作るよりも、ひとつのシステムを共有したほうが業界全体としても効率がいいと考えました。
また、デザイナーやライター、校閲の方などは出版社の垣根を越えて仕事をしていることが多いので、出版社が共通のプラットフォームを持つことで「作業がしやすくなった」という反応もありました。
——2021年7月からDNPがパートナーとなり、出版社向けに導入促進を進めていくことになりました。
松下氏:ある程度運用してノウハウが積み上がってきたので、「MDAM」を出版業界全体のプラットフォームとして普及させていきたいと考えました。
しかし、プラットフォームの設計は現場の課題を知る出版業界が主導するとしても、技術的にはできないこともあります。また、我々がすべての出版社を訪問して導入や運用のご支援をすることもなかなか難しいという背景がありました。
こうした中で、DNPさんが「MDAM」がめざすものに共感してくださり、業務提携をすることになりました。DNPさんが各出版社への導入促進や導入時の業務設計、運用の支援などを進めてくれることになり、出版業界全体に普及させるための土台が出来上がったといえます。
「MDAM」が基盤となり、出版DXを加速させる
——「MDAM」が出版業界共通のプラットフォームとなると、どんなメリットがあるのでしょうか?
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松下氏:出版業界は長年の慣習が残っている部分が多く、これまでなかなかDXが進んできませんでした。業務効率化やコンテンツの多角的な活用のためにも、こうした状況を変えていく必要がありました。
DXを進める前提として欠かせないのが、標準化です。「MDAM」というプラットフォームによって雑誌制作のワークフローやアセット管理の標準化ができるようになったことで、DXを加速させて新しいビジネスを生み出すための基盤がようやく出来上がったと考えています。
——「MDAM」によって、今後出版ビジネスはどう変わっていくと思いますか?
松下氏:業界全体に及ぶ話はできませんが、個人的には、出版業界を取り巻く環境や売上は厳しい状況が続いているものの、出版社や編集者、クリエイターが持つコンテンツの制作能力や制作機能はいまだ衰えていないと思っています。今も競争力を失ってはいません。ただ、環境や消費者のニーズが変わっていく中で、その制作能力・機能をうまく活かせるサービスや事業をまだ生み出せていないのかな、と思っています。
消費者の方にとっては、たくさんのタイトルがそろっていて、多様なシーンでコンテンツを楽しめる環境が整っていたほうがいい。みんながワクワクするような面白いコンテンツ、サービスを作っていくことが、出版社の役目であることは今後も変わらないと思います。
そのためにも、きちんとマネタイズできるサービスを作り、収益を編集部に還元してさらに良いコンテンツを作るというサイクルをうまく作っていく必要があります。そのための基盤になるのが「MDAM」です。
また、出版業界に若い人材がどんどん入ってきてもらうためにも、制作現場のDXを進めるとともに、「出版業界全体で面白い取り組みをやっているんだ」ということを世の中にアピールしていくことが大切だと思います。
——「MDAM」でアセットを一元管理できるようになったことで、事業のアイデアを描きやすくなったといえそうですね。
松下氏:どんなコンテンツや素材を保有しているのかを一覧できるので、新しいサービスのアイデアを練りやすくなると思います。
5年後、10年後では遅いと思うので、数年以内に新しいサービスを立ち上げることを目標に取り組んでいきたいです。会社ごとというよりは、「MDAM」の採用社全体が一丸となって出版業界をリードするようなビジネスモデルを生み出していけたら、と考えています。
今後はセミオート機能を充実させ、シームレスなコンテンツ制作を可能に
——「MDAM」自体は今後どんなアップデートを予定しているのでしょうか?
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松下氏:雑誌の制作からWebコンテンツの制作までをシームレスに展開していく仕組みを拡充していきたいと考えています。
例えば、現状の「MDAM」にはWebのCMSに原稿を送る機能があるのですが、これをもっとアップデートしていきたいです。セミオートでCMSに写真やタイトルが入力されている、というようなイメージです。
——素材をダウンロードして形式を整えて、CMSに再アップ、再入力するという作業がなくなると、Webコンテンツ化の手間が大幅に削減できますね。
松下氏:もちろん、ディティールを突き詰めて、人がマニュアルで作業する部分も必要です。それとは別に効率が求められる部分はセミオートで人手をかけずに自動化していく。
セミオート機能を充実させることで、結果的に、雑誌ならではのオーダーメイドで作る部分を充実させることにもつながっていくと思います。
——他には、「MDAM」でどんなことが可能になると思われますか?
松下氏:編集者やデザイナーさんの人材育成にも活用できると思います。
「MDAM」上に過去数年の雑誌データがアーカイブされていているので、年をまたいでコンテンツ企画の傾向やエディトリアルデザインの進化を目の当たりにできるんです。
例えば、大学生向けの雑誌では毎年4月にこの特集をするといった傾向があります。その変遷を辿っていくこと自体が面白いですし、新人編集者の育成につながると思います。新規企画を考えるときに、過去の事例を参考にすることもできます。
今後も「MDAM」を通して出版業界の効率化を進めるともに、より魅力的なコンテンツを生み出せる環境を整え、業界を活性化するエコシステムを構築していきたいと考えています。