出版社のDXはボトムアップから?新会社「KODANSHAtech」がめざすデジタル改革【後編】
DNPは独自の「P&I(印刷と情報)」の強みと、出版社の編集力・コンテンツ・ブランド・読者等の強みを掛け合わせ、新たな価値を創出して企業や生活者に提供することをめざしています。DNPでは、「出版社のウェブメディアの運用型広告の支援」「マッチング広告・タイアップ広告の推進」「読者起点の会員制デジタルサービスの構築」を軸に、出版社のコンテンツを活かして、多様なコミュニケーション体験を企業や生活者に提供します。新たな収益モデルの企画立案・設計・制作・運営等のトータルサポートを行い、出版社の収益拡大を支援するとともに、出版社と連携した共創ビジネスを推進していきます。 そこで、今回当コラムでは、出版社の方々に有益な情報提供をすべく、新しい事業モデルを構築し出版のDXを推進するために立ち上がったKODANSHAtech合同会社ゼネラルマネージャーの長尾 洋一郎氏にお話しを伺いました。
長尾 洋一郎(KODANSHAtech合同会社ゼネラルマネージャー、株式会社講談社第一事業局第一事業戦略部副部長事業戦略チーム)
1982年生まれ。東京大学で数学を学んだのち講談社入社。文芸局(当時)で小説の単行本編集を経験したあと、週刊現代編集部へ。雑誌ジャーナリズムの現場で硬軟多様なテーマを取材。2017年、現代ビジネス編集チームに異動、ウェブメディアに関わる。2018年、社内エンジニアリング集団・事業戦略チーム(通称「techチーム」)発足。2019年、同チームの法人化を提案、KODANSHAtech合同会社を旗揚げ。
KODANSHAtech合同会社についてはこちら【外部リンク】
―本コラム前編では、これまでの雑誌ビジネス、Webメディア立ち上げのお話をお伺い致しました。
後編では、コンテンツをどう活かすか?についてお聞きました。
――コンテンツを作ったらお終いというところから、データの重要性に気づく。コンテンツをただ出すだけだと、いろんな情報に埋もれてしまいます。そこに付加価値をつけていかないといけないと思っています。
そうした時に、社内の中でデータ分析や、データに基づいた運用をもっとやった方がいいですよ、と伝えられていることはありますか。その工夫されていることがあれば伺いたいです。
KODANSHAtech・長尾氏:「無理をしない」ことですかね(笑)。まずは求められたところに参加します。求められていないところには入らない。現場が求めていないということは、必要だという実感がないということですから。そして残念ながら、この「実感」というのは、まだまだ属人的です。
弊社の場合、組織構造が従来のコンテンツの性質、たとえば女性誌だとかコミックだとかという論理で組み立てられていることも、その一因だと感じます。ウェブメディアも紙の編集部に紐づけられて語られることが多い。そして、伝統的には紙の編集長のほうが、ウェブの編集長より「重み」があると考える人も、まだまだいるでしょう。
そんな状況下で、データや何らかの論理に基づいて意思決定するタイプの人が、どのレイヤーにいるのかというのは、やはり大きなファクターです。ウェブの現場の人間だけがあがいても、どうにも共感を得られない場合もあるでしょう。だから、「無理をしない」というのは、「無理な人と無理をしない」ことでもあり、「無理な時期に無理をしない」ことでもあります。やりたいのは「いい効果を生む」ことだけであって、「無駄な対立に向き合う」ような精神的コストを社内のどの部署にも、かけたいとは思いません。
そういう意味では、繰り返しお話ししているSRE的な観点や継続改善など、一度はじめたサービスを安定的に成長させていくための、長期的な施策などは、動き出したら、最終的には我々自身にも「引き受ける覚悟」が必要だなと思います。「本を出したらひと段落」という従来の業態に適応して、明文化されたビジネス思想の引き継ぎというカルチャーがなく、むしろ「ときの編集長」が個性を出して、ちゃぶだいを返すのも「愛すべき行為」という組織においては、安定的・継続的なサービス開発というのが難しい局面も出てくると思うんですね。「PHPのバージョンなんて知らねえよ、興味もねえよ」とかいう編集長が来て、意思決定をするようになったとしたら、サービスを安定的に運営できるかは、我々だけにかかっているということになってしまうわけですから。
そうした観点からは、KODANSHAtechが別法人として外部化されたことは、結果的によかったかもしれませんね。「仲間」というスタンスにはこだわりつつ、コンテンツベースの異動時期とは別に動くことができ継続的な対応ができる。データドリブンなカルチャーが編集部に根付いたとして、それを維持していくためのエンジンにもなり得るかもしれません。ただ、これは狙ってやったことではなく、あくまで結果論ですが。
――データの重要性がより大事なのがよく分かりました。それは、我々が提供しているサービスでも解決できることですし、より強化していきたいと思いました。
KODANSHAtech・長尾氏:そうですね。一般論的に、データを活用したデジタル施策というのは、SaaSで使い便利のよいツールも増えていて、初期投資が少なくてもチャレンジできる環境がどんどん整ってきています。見た目の組織の規模の大きさよりも、小さくても意思決定が早く、チャレンジと撤退の小回りがきく組織のほうが強みを出せる部分もあるでしょう。
――紙であれば紙の構造自体は変えづらいが、デジタルであればその日に変えれたりしますよね。中堅の出版社様の生き残れる道はかなりあると思っているのですが、いかがでしょうか。
KODANSHAtech・長尾氏:おっしゃる通りで、講談社のように大きな企業のメリットは、残念ながら、どんどん薄くなっていると思います。用紙や印刷機のラインの調達などではスケールメリットがあるかもしれないですね。あと、歴史的な存在感で、まだ信頼してくださっている著者も多くいて、これがもっともありがたいことです。読者からも、まだ「新しい書き手を探してきたり、ちゃんとした取材をサポートしているハズだ」と思っていただけているのではないかと思います。ただ、安住はできないですね。
たとえば、投稿サイト「小説家になろう」からアニメ化されるような作品も増えていますし、イラストの書き手なら、Pixivの投げ銭など別の形のマネタイズ方法にネイティブに触れているクリエイターがどんどん出てきています。講談社で本になるより、Twitterで評価されるほうが実感としてうれしい、という人が出てきているはずなんですね。高効率に、データを活用しながら、コンテンツの上流に存在する、そういう新しい動きを積極的に取り入れれば、会社の見た目の規模とは関係なく、大きな成果をあげられる可能性は、どんどん高まっている環境にあるんじゃないかと感じています。
――マスからニッチなものが求められている時代の流れを感じます。そうでないと、生活者の方々には届かないのではないかな、と。
KODANSHAtech・長尾氏:こういうものは、「時代の流れ」「社会の変化」という言い方をしてしまうんですが、実は、ある技術体験、あるUXが一般市民に普及すると、社会は変容してしまうんですよね。
20代のエンジニアと会話していて衝撃を受けたのですが、彼らにとっては、初めて見るハリウッド映画も「並んでいる選択肢から選んで見る」ものなんですよ。Netflixなどの配信サイトなどで一覧化され、タグ付けされてレコメンドされる。私などは80年代生まれですから、洋画はテレビの放送で初めて出会うということが多かった。最初に淀川長治さんや水野晴郎さんが概要を紹介してくれて、そこから享受するというのを自然なことだと感じていたので、なるほど、受動的に映画に出会うという体験は、もう世間では一般的じゃないのだなと新鮮な気持ちがしたものです。
ウェブ上でコンテンツがあらゆる方向から投下され、それが「いいね」などによって民主的に評価され、あるいはYouTubeの視聴回数やPVで評価が可視化される。そんな状態が、コンテンツの消費者にとって当たり前になっている状況で、「紙の出版」というものは、関係者の想像以上に「特殊な趣味」になっていると思います
ただ、KODANSHAtechをやってみてわかったのですが、エンジニア、デザイナー、ディレクターとしてプロフェッショナルの道を歩んでいる人々の中にも、その「特殊な趣味」をネタにおもしろがってくれる人は、結構いるんですよね。書籍なのか雑誌なのか、あるいはメディアなのか、はたまたコミックや小説なのかという違いはあるにしても、技術を持った人で、コンテンツビジネスが面白いと思ってくれる人に「仲間」になってもらえるということは、本当に尊いなと、感謝の念しかありません。
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