東京都教育庁の江川徹氏とDNPの教育ビジネス本部の宮崎亮

メタバースで子どもたちの居場所をつくる。 東京都のバーチャル・ラーニング・プラットフォーム

東京都は不登校や日本語支援が必要な児童・生徒に対して、3Dメタバースを使った「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム(VLP)」を提供しています。2024年度は東京都内の28自治体・2事業でVLPが導入されています。DNPはそこに、3Dメタバースサービスとオンライン学習教材を提供。子どもたちが安心して学べる場づくりに3Dメタバースがどのように役立っているのか――。東京都教育庁の江川徹氏とDNPの教育ビジネス本部の宮崎亮に話を聞きました。

目次

プロフィール

東京都教育庁の江川徹氏とDNPの教育ビジネス本部の宮崎亮

東京都 教育庁 総務部 デジタル企画担当課長
(指導部高校教育改革担当課長兼務)
江川 徹氏(写真左)

大日本印刷 教育ビジネス本部
宮崎 亮
(写真右)

3Dメタバース空間なら安心して交流できる

——東京都が「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム(VLP)」事業を始めた背景を教えてください。

江川徹氏(以下、江川氏)
今、不登校の小中学生が日本全国で約30万人※1、東京都だけで約2万7,000人※2いるといわれています。また、東京都には日本語指導の支援が必要な子どもたちが約4,000人※3います。

自治体ごとに不登校や日本語学習支援が必要な子どもたちのサポートを行っていますが、支援が必要な子どもたちの数は年々増え続けており、既存の支援体制だけでは課題解決が困難になりつつある現状です。

こうした中、デジタルを活用して子どもたちが安心して学べる場をつくりたいとの考えから、2023年度に本格的に運用を開始したのが「バーチャル・ラーニング・プラットフォーム(VLP)※4 」です。

近年、メタバース空間で自分自身のアバターを操作するゲームやサービスが注目されていますが、登場した頃からこれらを教育現場で活用できないだろうかと考えていました。すでにゲームなどでアバターを操作することに慣れている子も多く、親和性が高いと感じたのです。

そこで、まず2022年度に新宿区と一緒にデモ運用を行いました。このときは2Dメタバースのシステムを用いて、簡単なスタンプなどでコミュニケーションをとる仕組みでした。

デモ運用を通して、学校に行けなかった子どもたちがメタバース空間でコミュニケーションをとる事例や、教育支援センターの遠足に参加できるまでになる事例が生まれ、手応えを感じたため、翌2023年度から本格運用に移ることにしました。

東京都がVLPを提供し、各自治体で導入してもらうという形にして、2023年度は新宿区や渋谷区など8自治体・1事業が導入。それに加えて、2024年度は20自治体・1事業が導入しました。

東京都教育庁 江川徹氏

——2023年度からは株式会社JMC※5が事業統括を行い、DNPやレノボ・ジャパンが協力会社として参加しています。DNPは3Dメタバースのシステムを提供していますが、どのような点が採用の決め手になったのですか。

江川氏
2Dメタバースでも手応えは感じたのですが、3Dメタバースのほうが臨場感のある空間をつくることができ、没入感の高い体験を提供できます。また、アバターを操作することでさまざまなコミュニケーションが可能になり、子どもたちに能動的な行動を促すことができると考えました。

しかし、子どもたちが使うGIGAスクール端末※6は高機能ではないため、スムーズに動作する3Dメタバースシステムは限られます。その点で、DNPの3Dメタバースシステムは、我々が求める機能がありながらGIGAスクール端末でも十分に動作する軽いプラットフォームであったことが魅力でした。

  • 6:GIGAスクール端末:文部科学省「GIGAスクール構想」に基づいた学習者用端末。インターネット接続や各種学習アプリケーションを利用できる機能のガイドラインが設けられているほか、授業での使用を前提とした耐久性や管理機能も備えている。

3Dメタバースはあくまで選択肢の一つに過ぎませんでしたが、たとえば会話をしたいとき、話しかけたい人に近づいていくと声がだんだんよく聞こえるようになるなど、リアルのコミュニケーションに近い体験ができるのは3D空間ならではのメリットです。これならば、子どもたちのコミュニケーションがよりスムーズになるのではと考えました。

宮崎
DNPはこれまでも、子どもたちに新しい体験や学びの機会を提供するために3Dメタバースシステムを展開しており、不登校児の支援のほか、国際交流や職業体験などで活用されています。

東京都のVLP事業では、GIGAスクール端末で動作する点に加えて、不登校児や日本語指導が必要な子ども向けのWeb学習コンテンツがある点、クローズドな環境で安全・安心に利用できる環境である点が、採択された理由であると考えています。

今回DNPは、委託事業ではなく、東京都と協定を結び事業パートナーとして参画しています。VLP事業の立ち上げにあたっては、東京都のご要望を聞いたうえで、不登校や日本語支援が必要な子どもたちを支援している現場の声も聞き、JMC、レノボ・ジャパン、DNPの3社で議論したうえで、具体的な仕組みやコンテンツをご提案しました。

DNP 教育ビジネス本部 宮崎 亮

安心できる場所をつくり、学びの機会を提供する

——具体的にVLPではどのようなことができるのでしょうか。

宮崎
3Dメタバース空間内には、朝の会や授業に使う「教室エリア」、スクールカウンセラーや臨床心理士と面談できる「おしゃべりエリア」、生徒が自分の作品をプレゼンできる「展示エリア」、教材を使って学習できる「自習エリア」などがあります。

生徒は20種類のアバターから好きなものを選択し、ゲームのキャラクターを動かす感覚で授業や面談に参加したり、ほかの生徒や指導員と会話したりするなど、さまざまな体験をすることができます。

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①教室スペース

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②学習スペース

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③おしゃべりスペース

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④展示スペース

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⑤待機スペース

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⑥面談スペース

メタバース空間を利用したラーニングシステムの紹介(動画・40秒)

こうしたプラットフォームをスムーズに運用するために重視したのが、利用者支援の体制です。VLP内で子どもたちと触れ合うとともに、学校関係者や自治体の指導員、ご家族の皆様に情報を共有するスタッフとして、「オンライン支援員」を設置。子どもに寄り添い、適切な対応をとれるよう配慮しています。

——東京都からはどのような要望があったのでしょうか。

宮崎
特徴的だったのは、学校ならではの機能を実装したいというご要望でした。

一般的な3Dメタバースのプラットフォームでは匿名性が高いことに意義がありますが、VLPでは指導員が子どもの様子を確認できないといけないので、ライブカメラで子どもが顔を見せられる機能を実装しています。また、子どもたちがグループワークをできるホワイトボード機能を備えるなど、学びを促進する各種機能を盛り込みました。

江川氏
3Dメタバース空間からオンライン教材に直接遷移(リンク)できる機能もつけてもらいました。VLPに集まる子どもたちは、年齢も抱えている事情もさまざまです。リアルの教育支援センターでは指導員が一人ひとりの子どもの状況に合わせて教材を選び、学習支援を行っているため、こうした取り組みをメタバース空間でも実現したいと考えました。

東京都教育庁 江川徹氏

——現場の指導員からの意見も活かしているのですか。

宮崎
もちろんです。たとえば渋谷区では、VLPに常時カウンセラーの方が在籍して、子どもたちとゲームなどで遊びながら面談する「プレイセラピー」を行っています。それを聞いて私たちは、カウンセラーと子どもが2人きりになれる空間を新たにつくりました。ただ個室をつくるだけでなく、窓を大きくして開放感を高めるなど、子どもが安心できる空間づくりを意識しています。

ミライをひらく~サステナビリティの知恵 ~ 仮想空間で教育機会を維持(動画・3分44秒)

また、子どもたち同士のコミュニケーションを活性化させたいという意見から、メタバース空間内に空中階段をつくりました。ただの階段なのですが、子どもたちが自然と階段に集まり、一緒に遊べるように設計しました。このように、コミュニケーションをうながす「楽しめるコンテンツや仕掛け」を数多く用意することも大切だと考えています。

メタバース内に設置した空中階段

メタバース内に設置した空中階段。子どもたちや先生が自然に集まり、コミュニケーションが生まれる場となっている

子どもたちからはアバターの種類を増やしてほしいという要望もありました。GIGAスクール端末ではハードウェアの制約で実装が難しい機能なのですが、従来20種類あるアバターを40種類に増やす方向で開発を進めています。

——VLPに通う子どもたちの反応や変化を教えてください。

江川氏
子どもって、遊びの天才ですよね。メタバース空間でも私たち大人の予想を超えた遊び方を生み出します。たとえば、4〜5人の子どもたちが全員同じゾウのアバターで集まって、誰が誰なのかを言い当てるゲームをしていたり、教室エリアで教師役と生徒役に分かれてホームルームごっこをしていたり。

安心して過ごせる居場所さえつくってあれば、子どもたちは自分で自由に過ごし方を考えるのですね。VLPには高精細のグラフィックはありませんが、3Dメタバースならではの没入感と安心感が、こうした反応につながっているのだと思います。

また、子ども同士はお互いの性別や年齢などがわからないままコミュニケーションを取っていますが、3Dメタバース空間で少しずつ仲良くなり、リアルの教育支援センターで会ったときに「あのアバターの子だ」とわかって、「一緒に帰ろうか」と交流が深まったこともあったそうです。

このように、居場所が3Dメタバース空間からリアルへと広がることで、最終的に学校に行けるようになる子どもが増えていってほしいと思います。

宮崎
教育支援センターでは子どもが1人で自習していることが多いのですが、3Dメタバースでの交流がきっかけとなってリアルな横のつながりが生まれているというのは非常にうれしいですね。

指導員や保護者の理解を深めることも重要

——実際にご利用いただく中で、課題となっていることはありますか。

江川氏
現場の指導員は子どもたちの心を開いたり、サポートしたりするプロである一方、必ずしもデジタルに慣れているとは限りません。そのため、3Dメタバースに可能性を感じつつもそのメリットを実感できず、導入を躊躇する傾向はあるようです。

そこで東京都は、3Dメタバースでも子どもの支援が可能であることを示すため、VLPをうまく活用している自治体の事例を発信しています。

たとえば渋谷区では、子どもが最近自分で買ったものを3Dメタバース空間で紹介するというイベントを実施しました。自分の経験を人に伝える機会は子どもにとって重要ですが、不登校の子にはなかなかその機会がありません。こういった機会を創出できるのも、メタバースならではのメリットです。渋谷区は積極的にVLPを活用したイベントを実施しているので、ほかの自治体の参考になると思います。

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保護者等を対象としたセミナーの例

不登校児の数は年々増えており、既存の支援だけでは追いつかないのが現状です。その点、VLPは家からも参加できるので、引きこもりの状態で教育支援センターにも行けない子どもの支援として有効だと感じています。

従来のリアル領域でのサポートに加えて、VLPの活用を一つの選択肢とすることで、これまで支援が届かなかった子どもたちの居場所をつくっていければと考えています。

宮崎
指導員や保護者などの大人に向けてVLPの認知を高めることは、私たちにも欠かせない取り組みだと考えています。具体的には、無料オンラインセミナーを開催しています。全国の教育委員会や学校向けにはオンライン支援員による実体験と支援のポイントを紹介するセミナーを、不登校の子どもを持つ保護者向けには子どもとの向き合い方や多様な進路があることを紹介するセミナーを実施してきました。

これからも自治体の皆様の意見を反映しながら、さまざまなイベントを企画・実施していきたいと思います。

一人ひとりの子どもに寄り添った教育をめざして

——今後の取り組みを教えてください。

江川氏
現状は不登校児と日本語指導支援が必要な子どもを対象にVLPを活用していますが、3Dメタバースは教育現場の幅広いシーンで活用できるのではと考えています。新しい学びの機会や体験を提供するために、今後もさまざまな可能性を追求してきたいです。

いくつかの自治体で検討を始めているのが、3Dメタバースを活用した部活動です。3Dメタバース空間で子どもたちの趣味を発表する機会を設けるなど、実現に向けて意見交換していきたいと考えています。

宮崎
DNPとしては、引き続き現場や子どもたちのニーズを聞きながら、より子どもたちが安心して過ごせる場として3Dメタバース空間を充実させていく考えです。

3DメタバースシステムやWeb教材は、提供して終わりではなく、その後も伴走させていただくことで仕組みをブラッシュアップしていくことが欠かせません。前例がないのでやるべきことは多いのですが、東京都と私たちが先端事例を切り開いていくことで全国の自治体にも活用していただけると思うので、高いモチベーションで取り組んでいます。

DNPは今後も、一人ひとりの子どもたちに寄り添った教育の実現をめざし、貢献していきます。

DNP 教育ビジネス本部 宮崎 亮

——東京都からDNPに対して期待することはありますか?

江川氏
VLP事業に取り組むDNPの姿で印象的だったのは、子どもたちにとって何が必要かを真摯に考え、「どうすれば実現できるか」を検討してくれることです。仕様ありきではなく、今ある機能で足りない場合は新しく開発したり、社内外でパートナーを探して連携したりと、“提供価値視点”で取り組む姿勢には感謝しています。

不登校という社会課題を解決するには、多様な視点を備えた総合力が欠かせません。その意味で、一緒になって考え、取り組んでくれるDNPの存在は心強いと感じますし、これからもパートナーとして一緒に取り組んでいきたいと考えています。

人に優しいDXで、先生と児童・生徒の「学びの場」の価値を高めるDNP

「持続可能なより良い社会、より心豊かな暮らし」の実現をめざすDNPグループは、スマートコミュニケーション、ライフ&ヘルスケア、エレクトロニクスといった多彩な部門で、社会課題を解決するとともに、人々の期待に応える新しい価値を創出する事業を展開しています。

少子化等の人口動態の変化やデジタル技術の進歩、コロナ禍によるコミュニケーションの変容など、変革期を迎えた教育ビジネス分野においても、独自のサービスデザインやモノづくりの強みと社外パートナーの知見を掛け合わせ、児童・生徒の学力向上や教員の負荷軽減に資する質の高い製品・サービスを提供しています。

たとえば「DNP学びのプラットフォーム リアテンダント®」は、紙のテストに対してデジタル採点&データ分析を行い、自動集計した学習データに基づいて、指導が必要な生徒を見つけたり、指導すべき学習課題を提案したりするサービスです。連携するデジタル教材や学校支援サービスと合わせ、多彩な機能で先生と児童・生徒のコミュニケーションを豊かにします。

これからもDNPグループは、AIやメタバースなどの最新技術の活用も視野に入れた“人に優しいDX”を推進し、学びの場の価値を高めていきます。

DNPの教育関連製品・サービス
https://www.dnp.co.jp/biz/products/subtag/20171566_4961.html

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