うえの まさあき、ますい えみ、あさみ ともあき

ホテルに、オフィスに、街角に。“書店空間”の創出でビジネスを広げるDNPの「書店開業支援サービス」の挑戦

書店の減少が続く日本では今、3割弱(2024年8月末で27.9%)※1の自治体が1軒も書店がない「無書店地域」となっています。一方で、顧客満足度の向上や空間の付加価値創出を目的として、書店業以外の業種による“本のある場所”に対するニーズが高まっています。DNPはこうした状況に対応するとともに、主体的に変革を進めていくため、2024年9月、書店以外の多様な業種に向けて「書店開業支援サービス」※2の提供を開始。この事業に込めた思いや今後の展望について、出版関連事業を担当する上埜(うえの)、増井、浅見に話を聞きました。

目次

写真左から、うえの まさあき、ますい えみ、あさみ ともあき

プロデューサー/
上埜 匡昭(うえの・まさあき)
(写真左)
大日本印刷 出版イノベーション事業部第1営業本部
企画担当/
増井 絵美(ますい・えみ)
(写真中央)、
浅見 友章(あさみ・ともあき)(写真右)
大日本印刷 出版イノベーション事業部BLM企画本部読書推進部
※2025年2月時点

書店スペースを設置したい企業に+αの価値を提供するDNPの「書店開業支援サービス」

―DNPの「書店開業支援サービス」はどのようなものですか?

上埜:ホテルや介護施設、公共施設など、さまざまな場所に書店スペースを設置したい事業者に向け、企画から運営までを代行・支援するサービスです。書店スペースのコンセプト設計や空間デザイン、本の仕入れ、開業後の“棚”づくり(選書等)、イベント企画など、一貫して提供します。

増井:書店の開業を支援するサービスは他にもありますが、私たちが行うのは“書店専業を目的としていない事業者”を対象としたサービスであるという点が異なっています。書店の開業・経営の専門知識がない事業者でも、自社のサービスと「本」を掛け合わせた新規事業を始められるよう、ノウハウをお伝えしてサポートします。また、いつ訪れても新しい本に出合えるフレッシュな場所であってほしいという思いから、品揃えが変わらない「ライブラリー(図書館)ではなく、販売と仕入れのサイクルによって常に新陳代謝し続ける「書店」という形態を採用しています。

―このサービスを立ち上げたきっかけを教えてください。

上埜:国内の書店は減少傾向にあり、書店がない自治体は、2024年8月末の時点で全国の27.9%に上ります。ただ、書店チェーンから独立している小さい規模の書店や、書店業以外のさまざまな事業者による書店は微増しているという流れもあります。
DNPは創業以来の出版関連事業を含むスマートコミュニケーション部門や、ライフ&ヘルスケア、エレクトロニクスの部門で、BtoBおよびBtoCのビジネスを展開しています。さまざまな事業を展開する私たちが「書店」に対して何ができるかを考えたときに生まれたアイデアの一つが、「書店業以外の事業とのかけあわせでの書店開業」を支援する事業でした。

増井:私自身、出版関連事業に携わるなかで、書店は「情報収集の場」「落ち着ける場」「ワクワクする場」といったポジティブな印象を生活者が抱く“特別な場”であることは実感していました。そうした書店の価値は、文化的側面からだけでなくビジネスの側面からも大きな可能性を秘めているはずという思いから、この事業を立ち上げました。

うえの まさあき

―DNPが「書店開業支援サービス」を手掛ける意義や強みを、具体的に教えてください。

上埜:私たちの部署では、生活者の「知」を支える出版文化の発展に貢献する取り組みを進めており、その一環として、生活者と「本」とのタッチポイントを増やす活動を続けています。グループ会社の丸善ジュンク堂書店や丸善雄松堂と連携した“本のある場”づくりや図書館設立・運営の支援、出版社や教育機関とのネットワークを生かしたサービス開発など、その内容は多岐にわたります。そうした実績に、企業プロモーションやスペースデザインといった「オールDNP」のノウハウを掛け合わせることで、今回の「書店開業支援サービス」を生み出しました。

浅見:個人的には、東京・市谷にあるオープンイノベーション施設「DNPプラザ」内でリアルに展開している実験的な店舗「外濠(そとぼり)書店」での経験が大きいと感じています。オープンから約3年経ちますが、本を手に取ってもらうこと、本を通じてコミュニケーションを生み出すことなどを目的としてさまざまな企画を実施してきました。トークイベントや展示会はもちろんのこと、店内の掲示板を通じてお客様同士で本をおすすめし合っていただいたり、DNPの社員に棚を貸し出して“自分だけの小さな書店”を開いたりなど、多彩な視点でイベントを立案して実行し、その反応を検証しています。

外濠書店で実施された企画展の例

「外濠書店」での実施企画の一つ「みんなのおススメ本だけを集めた本屋さん」の様子。本をススメてほしい人&ススメたい人それぞれが、関連する情報をカードに記入してボードに貼り付けるという企画で、DNPはそれらの本の仕入れ・販売を行った。多数の来店者にご参加いただき、大いに盛り上がった。

増井:「外濠書店」は、本の売上以外の指標も設けているのが特徴です。どんな人が来店してくれたか、どんなコミュニケーションが生まれたかといった点に重きを置いていて、そこで得られる知見を「書店開業支援サービス」にも生かしています。決して売上を軽視するわけではありませんが、書店業以外の企業等は、書店の開業に当たって、経営資源としての“プラスアルファの価値”の創出を見据えているケースが多いので、売上以外を見ていくことが大事になります。

浅見:空間をつくる什器などのハード面で言えば、「外濠書店」は車輪付きの移動式本棚を採用しているので、店内のレイアウトを手軽に変更できるようになっています。「短いスパンでレイアウトを変えて常に新鮮な見せ方をしたい」「いくつもの企画を同時に走らせてさまざまな生活者のニーズに応えたい」といった狙いから生み出したものです。こうした工夫によるちょっとした気づきも、「書店開業支援サービス」のアウトプットの精度向上につながっています。

“書店空間”の可能性に着目した定山渓温泉の「風呂屋書店」

―「書店開業支援サービス」によって生まれた定山渓(じょうざんけい)温泉「風呂屋書店」について教えてください。

上埜:「風呂屋書店」※3は、北海道札幌市にある定山渓第一寶亭留(だいいちほてる)翠山亭(すいざんてい)というホテル内に2024年9月に開業した“温泉と読書を楽しむ空間”です。宿泊者だけでなく、どなたでも約2,500冊の書籍を閲覧・購入できるのが特徴です※4。取引先とDNPとのつながりから、第一寶亭留様が「遊休スペースに書店をつくりたい」と考えていることを知り、ご要望も踏まえた書店開業企画をご提案したところ、採用していただきました。

「風呂屋書店」

約130m2の空間に約2,500冊の本が並ぶ「風呂屋書店」。足を伸ばしてゆっくり読書できる3つの個室スペースも用意されている。

増井:第一寶亭留様からは、魅力ある施設の設置や地域の交流人口(地域を訪れる人口)の増加といった目的とともに「躍動感」というキーワードをご提示いただきました。人が集まり、本が流動的に絶えず入れ替わる“書店空間”は、それに対する最適解だったと思います。古来、作家が作品を生み出す場ともなってきた温泉や宿というシチュエーションも、イメージづくりに役立ちました。

―開業後の反響はどのようなものでしたか?

上埜:第一寶亭留さんからは、「イベントや企画に派生しやすいパッケージになったおかげで、風呂屋書店という“コンテンツ”に躍動感が生まれました」「本業にも還元できる持続可能な事業を実現できて、感謝しています」などのご感想もいただいています。宿泊客が「ホテル内のお気に入りの場所」を選ぶアンケートでも風呂屋書店は非常に人気が高いそうで、「風呂屋書店での時間が有意義でした」「風呂屋書店が宿泊の目的でした」などの声が届いています。

増井:選書において、幅広いバリエーションからテーマを設定するコンセプトづくりからお手伝いしたのですが、当初の想定よりもお客様に本をお買い上げいただいています。旅の記念に購入される方が多いとのことで、気に入った本をその場で買えることの価値も再確認できました。購入いただくことが「躍動感」に直結していることもうかがえて、安堵しています。

ますい えみ

また、第一寶亭留さんの社内からも「風呂屋書店の運営に参加したい」とか「選書に携わりたい」といった声が多数挙がっていることもうれしかったですね。

上埜:そうなんです。風呂屋書店が新入社員の入社の決め手になったという事例もあるとうかがいました。実はDNP社員からも、「企業のエンゲージメント向上」という視点でホテル関連や、それ以外の事業向けに「提案したい」との反響も大きく、生活者向けだけでなく、社員向け・ビジネス向けのニーズも大きいと気づかされました。

増井:DNPは、開業後も第一寶亭留さんへの伴走を続けています。私たちの選書の目利きや棚づくり、書店運営のノウハウを高く評価していただけていると受け止めています。作家や出版社と強いつながりがあるDNPだからできる作家や出版社とのコラボレーションなどの企画も含め、“書店空間”の可能性をさらに拡張していきたいですね。

作家・小川 糸氏(写真)とのコラボレーション企画の例

作家・小川糸氏とのコラボレーション企画の例
作家とのコラボレーション企画の例として、新たな日帰り温浴施設の開業にあわせて2025年5月に実施予定の人気作家・小川糸氏との連動施策がある。小川氏がプロデュースした特別宿泊プランのほか、サイン会付きトークイベントや滞在ストーリーの執筆などさまざまな企画を検討中。

上埜:そのほか、「バーチャル風呂屋書店」※5もあります。これは“開業後”の支援の一環として、グループ会社であり、スマホ型VRゴーグルの開発・制作、デジタルアーカイブなどXRソリューションを提供するハコスコと第一寶亭留様の共同開発により実現したものです。風呂屋書店をバーチャル空間に再現して施設をアピールするとともに、AIによるコンシェルジュ(案内人)を設置することで宿泊プランや他施設などに誘導する機能も実装しました。書店業以外の企業に利用していただくことを考えると、生活者・顧客に対するプロモーション施策が重要になります。そのため、各種メディアへの展開やEC(電子商取引)連携、体験価値の拡張といった機能を持たせられる「リアルと連動したバーチャル書店」の活用は有効であると考えています。

「書店開業支援サービス」のアイデアを詰め込んだ企画展「助太刀書店」

―2025年1月31日〜3月28日には、「助太刀(すけだち)書店」という企画展を「DNPプラザ」(東京・市谷)で開催しています。そのコンセプトを教えてください。

浅見:「助太刀書店」※6は、DNPの「書店開業支援サービス」の構築・運営を通じてあたためてきたアイデアを集めてご紹介する企画展です。

「DNPプラザ」(東京・市谷)で開催の企画展「すけだち書店」を俯瞰した写真

企画展「助太刀書店」 写真:©2025 小室和宏(DNPメディア・アート)

展示内容の一部を紹介すると、ハコスコと連携して開発した「ポータブル書店」があります。これは、選書した本と組み立て式の書棚をすべて段ボール箱に入れて届けるパッケージ型のサービスです。いきなりフルスペックの大きな書店を開業するのは難しくても、遊休スペースがあればどなたでもその日から書店ができる。その手軽さをアピールしています。

増井:書棚も形が決まっているわけではなく、パズルみたいに組み替えられるので、設置場所や書籍の量によってアレンジできるんですよ。

企画展「すけだち書店」での「ポータブル書店」の展示

ポータブル書店 ©ハコスコ(伊藤巧・青木由佳)、写真:2025 小室和宏(DNPメディア・アート)

浅見:オフィスや住まいなどのスペースに小さな書店があったらどうですか?という提案である「ミニ書店」もぜひ見ていただきたいですね。例えば展示会場の「住まいのブース」に展示した「ミニ書店」は、人の成長過程に大切な要素をまとめた学研ホールディングスの「学びマップ」と、学校での本との接点を増やすことで、子どもたちの読書への関心や興味を高めて自発的な読書を支援する「DNP子ども読書活動支援キット」※7を組み合わせ、年齢に合わせた理想的な本との出合いに導くスペースとして考案しました。

企画展「すけだち書店」での「ミニ書店」のイメージ展示

「住まいのブース」での「ミニ書店」のイメージ展示 写真:©2025 小室和宏(DNPメディア・アート)

書店が秘める価値を生活のさまざまなシーンに広げたい

―「書店開業支援サービス」の今後の展望をお聞かせください。

上埜:すでに学習塾や高齢者施設に加え、カー用品・旅行・鉄道・レジデンス(住宅)・金融・PPP※8事業者など、さまざまな企業・団体から引き合いをいただき、“書店空間”への手応えを感じています。書店や本が持つ普遍的な価値はあらゆる業種と親和性があると考えていますので、これからもさまざまなパートナーの事業に合わせた最適なパッケージをご提案できると思います。ぜひお声がけください!

  • 8 PPP (Public Private Partnership):公園・公共施設等の建設・維持管理・運営等を行政と民間が連携して推進する手法

増井:書店以外の業種の方がゼロから書店を仕立てることには難しさがともなうと思います。それに対してDNPが伴走し続けて、サポートしながら新しい価値をお届けしていきたいです。また、個人的な思いとしては、グループに丸善ジュンク堂書店などもありますし、従来型の書店の皆様と連携できる施策を実現することもミッションだと思っています。この「書店開業支援サービス」を通じて少しでも生活者と本とのタッチポイントを増やし、身近に本がある喜びを生活者に感じてもらうことで、従来型の書店や図書館などにも「行ってみようかな」といったアクションを生み出せたら、これにまさる喜びはないです。

あさみ ともあき

浅見:「書店開業支援サービス」や「外濠書店」の運営を通じて感じている書店の価値の一つが、「書店はワクワクする場である」という点です。インターネットがあたりまえの時代に、“リアルなワクワク”を感じられる場所がこの事業を通じて日本全国に増えていくことを僕自身非常に楽しみにしています。まだ始めたばかりの事業ですが、ここから生み出していく書店を見て、子どもたちが「本屋さんっていいね」と感じてくれたらうれしいですし、そうした未来をつくっていきたいと考えています。

各々「書店空間の価値」を書いた紙を持った、うえの、ますい、あさみ

DNPの3人が考える「書店空間の価値」!

企画展「助太刀書店~もしもこんなところに書店があったら~」をDNPプラザ(東京・市谷)で開催 ※企画展は終了しました。

会期:2025年1月31日(金)~3月28日(金) 10:00~20:00 ※休館日:日曜日
会場:DNPプラザ(東京都新宿区市谷田町1-14-1 DNP市谷田町ビル 1階)
※入場無料
主催:大日本印刷株式会社(DNP)
協力:株式会社学研ホールディングス、株式会社ハコスコ
WebサイトURL: https://dnp-plaza.jp/CGI/event/reservation/detail.cgi?seq=0001357

企画担当から訪れる皆さまへのメッセージ:
日常生活のさまざまなシーンで、「ここに本があったら」「書店があったらいいのにな」と思うことはありませんか? 書店や本の価値を広げるDNPの「書店開業支援サービス」のような新しい挑戦には、生活者の皆さまの視点や声が欠かせません。ぜひご来場いただき、アンケート等で率直な感想などを教えていただけたらうれしいです。
アンケートに答えてくださった方には、オリジナルのブックカバーや、栞で話題の正和堂書店さんとのコラボレーションによる限定の栞をプレゼントします。ご来場をお待ちしています。

企画展セミナー「書店を新たな経営資源に変える?!」 ※企画展セミナーは終了しました。

日時: 2025年3月5日(水) 17:00〜18:00 (16時30分開場)
会場:DNPプラザ(東京都新宿区市谷田町1-14-1 DNP市谷田町ビル 2階)
※参加費 無料

ワンクリックで本が買える時代、書店はこの20年で約半減。一方で、書店は今、「知的エンタメ空間」として新たな価値を持ち始めています。札幌定山渓で老舗旅館内に「風呂屋書店」を開き、ブランディングや集客への活用に成功している第一寶亭留社長 布村氏をお迎えし、風呂屋書店の選書家でもある脳科学者 藤井直敬氏がインタビュー形式で、書店を経営資源として活用した経緯、書店空間が持つ可能性などについて深堀りします。

企画展「すけだち書店」の外観

  • 記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。