めざすは、創造性の民主化〜中島さち子さんと共創する大阪・関西万博「クラゲ館」
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ジャズピアニストにして数学研究者であり、STEAM教育者でもある中島さち子さん。2025年4月に開幕する大阪・関西万博ではシグネチャープロジェクト「いのちを高める」のプロデューサーとして、シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」を手掛けています。DNPはそのシグネチャープロジェクトにゴールドパートナーとして協賛。開催まで1年を切った2024年5月、中島さんの現在の活動や、「いのちの遊び場 クラゲ館」の制作プロセスなどについてお話をうかがいました。
目次
中島さち子さん
株式会社steAm
代表取締役。一般社団法人steAm BAND 代表理事。高校2年生のとき国際数学オリンピックで日本人女性初の金メダルを獲得。 東京大学理学部で数学を専攻、現代数学の学び場「K会」(河合塾)の創立に参加。大学卒業後は一転、ジャズピアニストとしても活動を開始する。
2017年に株式会社steAmを設立、2018年よりNY大学芸術学部修士課程に留学。現在、内閣府 STEM Girls Ambassadorをはじめ、経済産業省や文部科学省の教育変革に関わる委員会に多数所属する。
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「創造性の民主化」をめざす理由
Q. 中島さんは「創造性の民主化」というキーワードをベースにさまざまな活動をされていますが、あらためてその意味を教えていただけますか?
「創造性」というと特別なことのように思われるかもしれませんが、たとえば音楽は、もともとは暮らしの中で自然に生まれてきたものなんです。誰かが歌っていたら他の誰かが来て、その辺に落ちているものを叩いたらいい音がしてそれが楽器になる。他の人も自然に踊り出して、それがそのうちお祭りになって……とか、そうやって生まれて広がっていったもの。子守歌や労働歌も自然に生まれたものですよね。
私たちは、人と比べて上手じゃないと「自分には創造性がない」と考えがちな気がします。音楽は音楽家が作るものと思っていたり。ニューヨークにいたときに、私が「絵を描くのはあまり得意じゃないけど、好きだ」と言ったら、「“得意じゃない”はいらないよ」と言われました。大事なのは「好き」かどうかだと。確かに私も音楽や数学が「できるから好き」というわけじゃないんです。むしろ、できないときのほうが「まだ見えない何かがある」と思えてワクワクします。
そう考えると、すべての人の中にいろいろな創造性が眠っているわけです。それがまだ十分に引き出せていないだけで。本質的にはみんな音楽家だし、数学者だし、経営者だし、画家だし、エンジニアでもある。
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Q. 「創造性の民主化」を広めようと思ったきっかけは?
振り返ると私は「好きなものを探究できる場」を社会に与えてもらってきました。
高校生の頃、国際数学オリンピックに出場して、そこで出会った先輩たちが創った「学びの遊び場」のような場に参加させてもらい、現代数学の面白さを「体験的に伝える」活動を15年くらい続けました。
教科書というのは学年別にムダなく教えられるように作られていますが、本当にそれが唯一の正解かと言えば、そうではありません。教わるだけではなかなか頭に入らないけど、通常は大学で教えているようなことでも五感を使って遊ぶと面白くて、中学生が理解できたりします。そうした「どうすれば相手がワクワクして、五感を通じて伝わるか」を、自分が教える側になって試行錯誤した経験がものすごく大きかったですね。
さらに30代になって「自分は好きなことを学ぶ場に恵まれていたけど、裏では多くの人々や企業・団体が動いてくれていたんだな」ということもわかってきました。娘も生まれて、自分のそれまでの枠を超えて「教育はどうあるべきか」と社会の構造そのものに働きかけることを考え始めたんです。そして、世界的にもSTEAM教育*への関心が高まっていたこともあり、2017年に株式会社steAmを立ち上げました。
*STEAM教育=科学(Science)、技術(Technology)、工学・ものづくり(Engineering)、アート・リベラルアーツ(Art/Arts)、数学(Mathematics)の英単語の頭文字を組み合わせた、心躍動する、創造的・実践的・横断的な学びを表す造語。科学者や数学者のように考え、芸術家やエンジニアのように創り出す学び方・生き方を象徴する。
今は教育に関連する取り組みもいろいろ行っていますが、どれも「遊び」で「学び」。テストでいい点を取るとか、何かに合格したとか、それは社会が効率的に選別する手段でしかなく、本質的な学びとは関係ない。受験を否定してはいませんが、受験が目的になってしまうのは違うと思います。「学ぶ喜び」とか「学ぶ意味」というのは、世の中からテストや受験がなくなっても深く深く存在すると思いますので。
学びには年齢の区切りも必要なくて、私は0歳から120歳を「子ども」と定義しているんですけど、すべての子どもたちが格差なく遊んで学び続けられるような場を創りたい。「格差なく」というのは全員同じという意味ではなく、多様な全ての人々が継続的に学べることが大事です。
貧富の差や障がいの有無、人種、地域など、いろいろな違いに関係なく、いかに格差なく、創造性を引き出す環境を社会が用意できるか。「自分にはできない」と思っている人の創造性のバリアを取り除いて、多様に芽吹いていく土壌づくりをしたい。STEAM教育とか大阪・関西万博とか、アウトプットはさまざまですが、根本的なやりたいことはそこなんです。
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Q. あらためて現在、「創造性の民主化」が求められる理由はありますか?
創造性が民主化されていないと、ごく一部の専門家のものになりますよね。例えば何かのルールを作るときに一部の専門家だけに任せてしまうと、その人たちはまったく悪気がなくても、格差が生まれたり、問題が起こったりしてしまう。
加えて、20世紀は国や大企業に主導されていた時代でしたが、21世紀はインターネットのおかげで一人ひとりが社会に向けて発言できるようになりましたよね。これはものすごく大きな変化です。でも、多様な人々が好き勝手に発言するのでなく、一緒になって考えないと社会は動かない。つまり「みんなで考えるべき時代」になっています。
例えば今の教科書はよくできていますが、そもそも「問い」すら揺らいでいる時代の中では、ひとり一人が、答えのない「問い」に取り組んで「まだない価値」を創ることが必要で、本来持っているものを引き出す手法をみんなで模索することが大切でしょう。そのためには膨大な対話が必要。大変なことですが、そうしたプロセスをきちんと踏むことで、障がいがある人や性的マイノリティを含むすべての人が持つ弱い部分を「弱さの価値」に転換し、より良い社会を実現することにつながると思います。
「創造性の民主化」への課題と企業の役割
Q. 実際に「創造性の民主化」を広めていくには、どのような課題がありますか?
社会に役立つ新しいものを生み出そうとすると、利益だけを追求してはうまくいきません。でも、完全な社会貢献に振り切ってしまうと継続できません。本気でSDGsの実現をめざして、差別や戦争がない社会を求めていくとすごく難しくて、もっと対話が必要だし、いろんな仕組みを作ることも必要だし、そこには経済も含めた動きやダイナミズムが必要だと考えています。
そこで最初の一歩を踏み出そうとするとき、もちろん政策は重要ですが、公的機関だけに頼るものではないと思います。企業もESG経営やパーパスを重視し、持続可能な経営につなげることを追求し始めています。そうした企業がエンジンになってくれると、人が動いたり、場を作ったり、お金がかかることにも取り組みやすい。このように企業の存在価値が高まっていると思います。
そこで個人的に注目しているのが、企業も一定の遺伝子、個性を持った集団であることです。いずれも創業時の情熱を起点に、その後も社会と向き合いながら独自の強みや思いを醸成してきたはずです。そうした企業の個性は、「みんなで考えるべき時代」である今こそ、大きな可能性を秘めていると思います。
例えばDNPは、「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントを掲げていますよね。モノづくりから教育、空間設計に至るまでいろいろな専門性を持つ社員に「新しい価値をつくる」という共通の「基調音」(根底に流れる音)を感じます。その点で、今回の大阪・関西万博のパートナーとしても頼もしく感じています。
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大阪・関西万博におけるDNPとの共創
Q. 万博のシグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」の企画・制作にはDNPも参加していますが、どのように進めていらっしゃるのでしょうか。
大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、「未来社会の実験場」というコンセプトもあります。技術的な実験だけではなくて、「場のあり方」「人のあり方」に加えて「社会の仕組み」の実験も含みます。そういう場面でDNPと共創しています。毎週みんなでミーティングして、「シグネチャープロジェクトの『いのちを高める』とは?」という根源的な部分から一緒に突き詰めて考えてきました。会期の半年間で消えてしまうものにお金を使うのかという問いについても、「それを超える価値をつくらなきゃいけないよね」と。
そんな風に日々密なコミュニケーションをとっていますが、本質的な部分は5年前のスタート時に思い描いたことから意外なほど変わっていません。途中で諦めかけたけど、DNPをはじめ多様な専門家が集まってくれたことで実現できるようになったものもあります。
企業だけではなく個人の方も、難病で車椅子を使っている方、発話障がいがありながらタブレット端末でコミュニケーションできる方、視覚に障がいがある方、聴覚に障がいがある方、日本語が得意ではない外国籍の方など個人の特性や生まれた国、バックボーンはとても多様ですが、みんな近い思いを持っていたり共感できたりすることがあって、面白い意見がたくさん出るんです。私が考えたものをみんなでつくるということではありません。このプロセス自体も「創造性の民主化」をしていますね。
私が個人的なミッションとして捉えている「創造(自分自身がつくる喜び)」「共創(いろいろな人とつくる喜び)」「共生(一緒にここに存在することの喜び)」という三つのテーマも、プロジェクトメンバーと会ってたくさん話すことでどんどん拡張していて、いつもワクワクしています。
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Q. 最後に、万博後について考えていることを教えていただけますか?
「集客人数を増やして成功させよう」というのは、合格だけをめざす受験と同じ。それがゴールとは捉えていません。万博は、より良い未来社会を構築していくためのある種の「手段」です。
もちろんクラゲ館については、ここまでやりきったっていうところまで持っていくのですが、社会は永遠に続いていきますよね。だから万博で終わったら意味がなくて、社会を動かすように、みんなで考え続けていけるか。多くの多様な人々が集まって、強い思いが結集すれば、実現できることがどんどん増えて、社会が動くかもしれない、と考えています。
DNPには、先ほど話した多彩な専門分野とマインドに加え、理系的なロジカルな発想と文系的な相手の気持ちを汲むコミュニケーション能力を併せ持っている社員が多いと感じます。クラゲ館関連だけでなく、steAm社が2022年度に実施した図書館における「steAm Playground」事業(経産省委託事業)でもその知見を大いに発揮してもらいました。
そうした経験も踏まえ、万博後もDNPとは協業していきたいと思っています。例えば、クラゲ館のノウハウを生かして、「0歳から120歳までの子ども」が遊べて学べるチルドレンズ・ミュージアムなどはどうでしょう。欧米のミュージアムは展示型から体験型に切り替わってきていますし、DNPが得意なXR技術なども取り入れたら面白いですよね。挑戦したいことはまだまだたくさんありますが、ともに豊かな未来を実現するパートナーとして、DNPのもつ“個性”に大いに期待しています。
2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の概要
開催期間: 2025年4月13日(日) 〜10月13日(月)
開催場所: 大阪 夢洲(ゆめしま)
https://www.expo2025.or.jp
“いのち輝く未来社会のデザイン”というテーマのもと、8人の専門家がプロデューサーとなり、パビリオンを建設・運用します。これらは各プロデューサーの「署名作品」として「シグネチャーパビリオン」と名付けられています。プロデューサー8人は、それぞれの哲学・観点から“いのち輝く未来社会のデザイン”を解釈し、展開し、語り、深めて、未来に生きる人々につなぎ渡していきます。
中島さち子さんがプロデュースするシグネチャープロジェクト「いのちを高める」のシグネチャーパビリオンが「いのちの遊び場 クラゲ館」です。「いのちが躍る、いのちが歌う、いのちがひらく〜STEAM:ワクワク!を探す旅へ〜」をコンセプトとして、「五感(特に聴覚・触覚・嗅覚)や身体性」など言語にならない体験や「一期一会の揺らぎのある遊び」を体験できる場、創造性の民主化や、世界中を創造の歓びでつなぐ「未来の地球学校」構想の象徴の場でもあります。
シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」外観イメージ
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シグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」
https://expo2025-kuragepj.com
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