“仕切ることでつなげる” 「インターフェンス」開発プロジェクト 【前編】デザインで空間に価値を創造するDNPの挑戦
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人との距離を模索し続けたコロナ禍を経た今、社会で求められているのは、近すぎてストレスになることなく、それでいて孤独を感じさせない“程よい距離感”ではないでしょうか。気配を伝えながら空間を仕切ることで、人と人、人と場、人と街に“緩やかなつながり”を生むネットフェンス(ひし形金網)「インターフェンス」。その開発プロジェクトに取り組む生活空間事業部の永井遼に、開発の経緯と未来の展望を聞きました。
目次
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生活空間事業部
イノベーティブデザインセンター
永井 遼
DNPの空間を“仕切る”取り組み
Q. 「インターフェンス」開発プロジェクト発足までの経緯を教えてください。
私が所属する生活空間事業部イノベーティブデザインセンターは、壁紙や建具、フローリングの表面のシートなどの建装材の模様をデザインする部門です。それと同時に、既存の事業だけでなく、新しいコンセプトの試行も推進していて、以前から空間を“仕切る”ことに注目した提案などにも取り組んできました。
そのなかでコロナ禍になって気がついたのが、人との距離感を見直したいというニーズでした。コロナ禍では職場や店舗、公共施設などあらゆる場所に飛沫防止パーティションが置かれていましたが、それらが必要なくなる時が訪れたとしても、完全に気配を遮断することなく、程よい距離感を保つ仕組みは必要とされ続けるのではないかと感じたのです。
そうした着想を経て、私たちが2021年から2022年にかけて、東京・市谷のオープンイノベーション施設「DNPプラザ」
で開催したのが「気配のつくりかた」展です。その時のコンセプトは“気配をぼかす”ことでした。DNPと、ファブリック・化学素材メーカーの小松マテーレ、パナソニックの3社が協業し、印刷で模様を施した布で空間を仕切るとともに、布の向こう側にいる人の気配を調整し、対面でのより良いコミュニケーションの在り方を考えました。印刷の色の濃さで布の透過率を調整し、布の向こう側の見え方を調整することで、シチュエーションに沿った“程よい距離感”になるよう気配をぼかしたのです。
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布にプリントした模様は、私たちが今まで壁紙などのデザイン用につくってきたデータから選びました。布にプリントすることで、私たちのデザインが単純に見た目を喜ばせるグラフィックデザインではなく、“距離感をつくる”といった機能に置き換わると理解できたのは、大きな収穫でした。さらにその機能を、「気配」という、抽象度が高く、感性に訴えるような文脈で世の中に問えると気づくこともできました。
その延長線上で始まった「インターフェンス」プロジェクトは、共和鋼業株式会社のアドバイザーを務める株式会社IPディレクションの土生哲也さんが「気配のつくりかた」展を観てDNPに声をかけてくださったのが始まりです。同展の「距離感を調節する・それをデザインの視点でプロデュースする」といった狙いと、自社がサポートしている共和鋼業の取り組みの間に共鳴するところがあるのではと、協業のご提案をいただきました。その後、近畿大学文化デザイン学科の岡本清文教授が学術的アドバイザーとして加わり、プロジェクトが動き出しました。
“緩やかなつながり”をつくる
Q. 「インターフェンス」とはどんなものか、教えてください。
「インターフェンス」は、共和鋼業がつくるひし形金網(ネットフェンス)の視認性の高さや、ひし形という構造を生かしながら、デザイン的な価値を付加した製品です。ひし形金網に加飾(装飾)パーツを取り付けたり彩色したりすることで、屋内外の空間を仕切るだけでなく、気配を調節する、景観に馴染ませる/目立たせる、交流のきっかけをつくるなど、さまざまな価値を付与することを想定しています。
私たちDNPは、生活空間関連事業を通じて、長らく壁紙などの建装材をデザインしてきました。そうしたデザインで培ったノウハウを活かしながら、空間や暮らしに対しての提案もしていきたいと考えています。それは「関わり方」のデザインでもあり、インターフェイス(界面)をデザインしているとも言えるでしょう。
「インターフェンス」は“緩やかなつながり”をつくるプロダクトですが、このつながりには二種類あると考えています。一つは気配を伝えながら仕切ることで、お互いが近すぎてストレスになることなく、でも孤独を埋めてくれるような距離感を生み出す“つながり”。もう一つは、「インターフェンス」をつくりあげる過程で生まれるコミュニケーションや、成果物を街の人が受け入れて新しく形成されるコミュニティという意味での“つながり”です。DNPが当初想定していたのは前者でしたが、近畿大学と協業し、意見交換するなかで、後者のつながりにも気づくことができました。
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Q. 「インターフェンス」開発プロジェクトはどのように進んでいますか?
DNP、共和鋼業、近畿大学の3者が協業して、アイデアブレストを継続的に進めています。モノをつくるだけで終わりにせず、それを起点に新しい価値を生み、社会実装していくためには、3者が同じ目線で連携することが大切だと考えています。
具体的な役割分担としては、DNPはコンセプトの策定と、金網に付ける加飾パーツの開発などを行っています。また、ワークショプや展示、「ベストプラクティス」への応募などでも、中心となってプロジェクトを推進しています。
共和鋼業には、個別の目的に沿った金網の仕様や施工法などを相談し、テスト施工をお願いしています。共和鋼業の本拠地である大阪府東大阪市は、高度な製造技術を持つ企業が集まるモノづくりの街。金網を彩色するテストでは、高い彩色技術を持っている企業を紹介していただきました。東大阪のモノづくりネットワークの窓口としても、お世話になっています。
近畿大学は以前から共和鋼業の受託研究を行っていたという経緯もあり、学術的なアドバイザーとして入っていただいています。また、ワークショプなどでも協業しています。
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2023年秋に開催された「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」では、DNPのブースにて、参考出展という形で「インターフェンス」を展示しました。
共和鋼業の「グラフィックフェンス」というアイデアをベースにDNPのロゴを表現しつつ、「気配のつくりかた」展の際の手法も参考にして金網を複数枚重ね、網目の大きさを変えることでだんだんと透けてくるグラデーションと組み合わせました。DNPの祖業でもある“紙への印刷“のインキの網点のような、疎密(そみつ)による表現とも言えると思います。また、金網の下部を固定せず、あえて揺れるようにしたことで、軽さや柔らかさも表現しました。
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“仕切る”ことを軸にして広がるデザイン
Q. 「インターフェンス」開発プロジェクトの、今後の予定は?
2024年は、近畿大学とのワークショップを皮切りに、大阪・関西万博の「ベストプラクティス」への応募や、「DNPプラザ」での展示を予定しています。同時に開発のギアを上げ、施工・作業のテストも積極的に行っていきます。
2025年は、希望的観測になりますが、大阪・関西万博での常設展示や、製品としての正式採用を獲得したいと考えています。
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Q. さらにその先の展望は?
「インターフェンス」の用途はたくさんあると思っています。金網は、網目の大小や層の重なりなどで透過性をコントロールしやすいだけでなく、絵画のキャンバスのように捉えると“印刷“的にアプローチしやすいという特長があります。また、ひし形金網は、溶接せずに編んであるものなので、柔らかさがあり、表現力が高いことも特長です。修繕の際も一部だけ取り外して交換でき、溶かして再利用できるという、サステナブルな素材でもあります。こうした特長を強みとして生かすことで、幅広い表現を実現していきたいと思います。
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また、色と素材、仕上げにこだわりを持っているDNPの生活空間関連事業のデザイン部門として、独自のノウハウを詰め込んだ加飾パーツを開発する構想もあります。また、金網そのものを加工したり、広告的な効果を持たせたりといった方向も考えていきたいです。
いずれにせよ、プロダクトそのものの評価だけでなく、それらを取り巻く環境や仕組みを変えうる革新性に気づいてもらえるよう、長期的に取り組んでいきたいと考えています。これまでの経験から、「社会に受け入れられるプロダクトは、開発〜テスト〜フィードバックといった一連の流れを実直に積み重ねていく必要がある」という実感がありますので。
また、“仕切る”という枠から離れた金網の活用アイデアも生まれてきています。金網はもともと公共用途で使われることが多い素材です。そんな金網をインフラとして捉えてみると、もっとさまざまなアプローチが可能になるでしょう。一案ではありますが、DNPの製品である、5G通信の電波を狙った方向に反射する「リフレクトアレイ(5Gミリ波反射板)」
や、EV用の電池をコード無しで充電する「ワイヤレス給電用シート型コイル」
との組み合わせなども考えられると思います。
「インターフェンス」に大きな可能性を感じながらプロジェクトを推進していますが、このプロダクトは“仕切ることで緩やかにつなげる”という目的のゴールではなく、スタートの一つであると認識しています。今後も、“仕切る”という機能をどう具現化していくのかを軸に、さまざまな可能性を追究していきます。
私たちはこれまで、人々の生活の近くにある建装材のデザインをしてきました。ヒューマンスケール、つまり人の等身大でデザインを考え、真剣に向き合ってきたという自負があります。このような生活空間関連事業の歩みと経験を生かしながら、新たな空間づくりの価値創出に向けて進んでいきます。
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3者それぞれの彩りを生かし、街づくりの新たな可能性を提案します。
近畿大学
文芸学部文化デザイン学科 教授
建築家 岡本 清文様
今回のプロジェクトは、日本ではあまり注目されていない都市景観を考える意欲的な取り組みです。街の景観を「インターフェイス(界面)」と捉え、金網にデザイン的な処理を施すことで新たな価値創出を目指しています。
その価値には二つの視点があって、一つは金網がデザイン要素になることで景観に彩りが加わること、もう一つは生活者自身が街づくりに参画する意識が生まれることです。こうした視点が社会に浸透していくと、全国の街づくりが加速し、より良いものが生まれるものと期待しています。
また、協働する3者それぞれが異なる持ち味とポテンシャルを持っている点も本プロジェクトの特長です。ひし形金網製造の高い技術とアイデアをもつ共和鋼業、以前から受託研究で同社と協業していた私たち近畿大学、そこにデザイン的発想とプロダクト開発の知見を併せ持つDNPが加わることで、考えることやできることの幅が大きく広がっています。
2024年2月に近畿大学附属小学校・幼稚園で実施したワークショップは、これまでの成果を検証するイベントの一つでした。校内・園内の金網をキャンバスに見立て、子どもたちに絵や文字、カラーボールで思い思いに飾ってもらうというもので、みなさん嬉々として取り組んでくれました。学校は社会の一つの縮図ですから、実際の街づくりに役立てるという意味で大きな手応えが得られました。
次の目標は、大阪・関西万博での展示ですね。今後も個性豊かな3者による産学連携という強みを生かし、街づくりの新たな可能性を感じさせる提案をお見せしたいと思います。
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【DNPの永井と近畿大学の岡本先生に訊きました!動画1分22秒】
※記載された情報は公開日現在のものです。あらかじめご了承ください。
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