「失敗作」から製品開発の突破口を開く
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目次
大日本印刷株式会社(DNP)のイメージングコミュニケーション事業部で、熱転写リボン(昇華型/溶融型の熱転写記録材)の材料開発を約20年にわたって続けている石田忠宏は、一度ならず、“偶然に予想外のものを発見する経験”をしてきた。
もちろん、日々試行錯誤を重ね、開発を進めているからこその発見だが、“予想を越える偶然の発見”は英語で「セレンディピティ」(serendipity)と呼ばれる現象だ。ノーベル賞受賞者の中には、偶然に発見した科学的事象を元に偉大な研究成果を生み出した人も多い。石田が初めてこの言葉を聞いたのは、大学院の恩師からだった。最初は胸にすとんと落ちる言葉ではなかったが、今はその重要性を噛みしめている。
「失敗作」は成功の元
直近でセレンディピティを経験したのは、食品包装の加工ラインで賞味期限やロットナンバーをプリントする耐熱性の高い熱転写リボンを開発していた2013年のことだった。DNPは熱転写リボンの生産で世界トップクラスのシェアを誇っている。しかし、ボイルや蒸気による食品の滅菌処理を行っても、包装フィルムにプリントした文字や画像が消えないという特殊機能を持つ熱転写リボンの開発は、当時前例のない難しい課題だった。そのため、石田の開発の成果が国内外の新市場開拓を左右する、重要な局面だった。
開発に勤しんでいたある日、石田は試作条件を取り違えて、意図したものとは異なる構成のリボンを作ってしまった。石田は日頃から、「失敗作」も捨てずに性能テストを行うことにしている。この時も実際に「失敗作」をテストしてみると、驚くことに、耐熱性もプリント性も申し分なく、バランスのとれた材料構成のリボンが出来上がっていたことが分かった。「大学院の先生からセレンディピティという言葉を聞いた当初は、それが実際にどんなものか分りませんでしたが、DNPに入社し、何度もこのような現象を経験してからは、大切にしている言葉です」という石田。セレンディピティを信じているからこそ、固定観念にとらわれず、「失敗にも何か意味があるはず」と、いかなる試作品もテストしたことが功を奏した。
矛盾との戦いに挑む
耐熱性の高い熱転写リボンの開発と聞くと、「そう難しいことではないのでは」と思う人もいるかもしれない。しかし、石田は材料構成を適正にした製品を開発するまで、実に2年の歳月を費やしている。というのも、開発には大きな矛盾点を解消する必要があったからだ。熱転写リボンはサーマルヘッドから熱が伝えられると、その部分だけが熱に反応して溶けて、文字などがラベルやフィルムに転写される。しかし食品包材用途では、いったん印字されたフィルムが生産ラインでボイル滅菌処理される際には、印字部分が熱で溶けて流れないように耐熱性が必要となる。つまり、印字の際は熱で溶けるが、プリントした後は熱に耐えなければならないという矛盾を抱えているのだ。石田はDNP狭山工場の実験室で、材料構成を変えたリボンを作って耐久性や耐熱性のテストを繰り返し、この矛盾点の解決方法を探った。「失敗作」からのヒントを得たことから突破口を開き、製品は無事、2015年末に販売が始まった。結果として偶然の発見が解決の決め手となったが、DNPが取り組む開発には概して困難なものが多い。
プロ意識の高い狭山工場
実験とともに重要なのが、工場で製品の再現が可能かどうかを検証する段階だ。実験室で手作業によって作成した材料構成が、そのまま工場の機械で再現できるとは限らない。そんな状況で頼りになるのは、機械を熟知している製造部門のベテラン従業員だ。「狭山工場の製造部門の人たちはプロ意識が高く、我々が開発したものを製品にしようという強い意志があります。耐熱性の高いリボンも、製造部門の人たちの尽力なしには完成できなかった」。
石田は大学院修了後、1998年、DNPに入社した。それから約20年間、熱転写リボンの開発一筋に歩んできた。ニッチな市場向けの製品開発であり、また常に「矛盾との戦い」を強いられているという。最初の課題は、写真やシールのプリントの発色を向上させるリボン(昇華型熱転写製品)の開発だった。発色を良くしようと単に染料を増やすと、リボンを巻き取る際に染料がフィルムの裏に移り製品の性能を落としてしまう。この弊害を、材料構成を適正化することで解決していった。ホログラムをシールプリントに熱転写する技術を確立した際も、熱で輝きを失う性質を持つホログラムを、いかに輝いたままで熱転写させるかという矛盾に立ち向かった。
「戦い」は厳しい。しかし、楽しみもある。
例えば、材料メーカーから受け取る新しい材料のサンプルをストックしておき、新たなプロジェクトが始まるとその材料を試してみる。「やはり新しい材料を実験するのは、ワクワクしますね」と、常に探究心を忘れない。「製品開発において、アイデアが浮かぶのはどんな時か」と尋ねると、「真剣に考えている時ではなく、ボーっとしている時が多い」という答えが返ってきた。とくに通勤中のバスの中は、アイデア探しに最適だそうだ。また、開発現場の自由度が高いことも、顧客企業の課題を解決したり、DNPが自らソリューションを提案したりする際のアイデアの活かしやすさにつながっているという。
グローバル化が進むイメージングコミュニケーション事業部
石田が所属するイメージングコミュニケーションは、DNPの中でも特にグローバル化が進んでいる事業部だ。グループ会社は米国、フランス、オランダ、マレーシア、中国にあり、世界市場で写真関連の製品・サービス、熱転写製品などを企画・開発・製造・販売している。石田もヨーロッパの販売関係者との月1回の電話会議に参加するなど、世界の市場の動向を常に探っている。
石田は、耐熱性のある熱転写リボンは、世界でも十分通用する製品だと考えている。「耐熱性もあり、冷凍にも耐えうる熱転写リボンは、医薬品や医療機器のパッケージなどにも使用できるのではないか」と、製品のさらなる海外展開に期待を込めている。その実現に向けては、各国のニーズの把握も重要な要素になってくる。
耐熱性の高い熱転写リボンの開発が終了した今、石田は別の開発プロジェクトに取り組んでいる。また、新たな“矛盾”との戦いが始まっている。
- ※公開日 : 2017年9月15日
- ※部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。
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