販売・編集・宣伝 全員が同じデータを見て考える。
出版業界のDXとは

出版の世界で常に議論される「いかにして本の売り上げを最大化するか」という問題。現場では、いわゆる「暗黙知」の経験則に頼っている部分も大きく、マーケティング的視点を持つ人材の育成コストや、他部署間のコミュニケーションにも課題がありました。その解決の一助となり得るのが、DNPが開発したデータ活用システムです。株式会社Gakken様では、「DNP出版流通データ活用サービス」を導入し、さまざまな部署を横断した「データの見える化」を推進してきました。今回は経営企画室の河村達哉氏に導入の背景や得られた効果について伺います。2024年1月公開

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<プロフィール>
株式会社Gakken
河村 達哉 氏
1994年 株式会社トーハン入社
2006年 学習研究社 入社
2009年4月 一般書・実用書課長
2012年4月 実用書課長
2015年7月 MD推進課長
2021年10月 経営戦略部長
2022年10月 経営企画室 エグゼクティブ・プロデューサー(現職)

モノサシを一本化し、部署を越えたコミュニケーションがスムーズに

―本の売上には、納品売上である「送品数」、送品数から書店からの返本を差し引いた「実売数」、「書店売上数」と主に3つの基準がある上に、店頭やネットを含めて複数の販売チャネルが存在します。データ活用していくにあたり、見るべき数値が多い中でどのような課題があるのでしょうか。

河村氏:我々出版社にとっては「いかに商品の売上を最大化させるか」が常に最大のテーマといえます。一方で、編集者、商品販売担当、宣伝担当がそれぞれのタイミングでバラバラの数字を見ていて、うまくコミュニケーションが取れていない状況がありました。例えば「納品の売上」と「書店店頭での売上(書店POS)」でモノサシとして違うのに、それぞれのモノサシを使って同じ土俵で話をしている。売上最大化のために、複数の実績数値を束ねて可視化して、その本に関わっている人全員が役割を越えていつでも同じ数字を見られるようにしたいというニーズがありました。

ある商品で、発売後書店からたくさん受注が来て、送品して一時的に品切れが出ているけど書店店頭ではまださほどPOSの動きがない。そういったシチュエーションの場合、販売担当は様子を見たいが、編集部は「品切れしてるんだから刷ってくれ! 」となりがちです。編集部に影響力の大きい人がいた場合、データにもとづいた判断より、その場の空気で増刷が進み、結果として在庫を抱えてしまうようなケースも過去にはありました。


―すべての部署でデータを見える化することで、コミュニケーションの前提条件が整ったということでしょうか。

河村氏:同じ数字を見ているので、「今こういう状況だから、ここまで来たら増刷を考えよう」などと全員が納得した上で施策を打てる。また予測数値がどのデータに基づいて出されているのか引用先が明示されているので、それもスムーズな合意につながっていると思います。

本のライフサイクルを可視化。新たな視点から販促アイデアが生まれる

―複数のデータを可視化することで、どのような効果を得ることができるのでしょうか。

河村氏:本のライフサイクルは、「商品の売上最大化」という観点においても重要な指標です。これがしっかり見えていないと、初版を多く刷ることが優先されてしまうこともあるでしょう。
本の売れ方にもいろいろあって、短い期間で急激に売れるものもあれば、長い期間をかけてじわじわ売れるものもある。その本の売れ方を見極め、それに合った販促を打つために、ライフサイクルの可視化はなくてはならないと思います。

逆に「この期間を過ぎても数字が伸びないということは、別の本にリソースを割いた方が良いかもしれない」ということもわかります。「損切り」はなるべく避けたい決断ではありますが、限られた経営資源を活用するためには必要な判断です。


―データドリブンが進んだことにより、現場ではどのような変化が生まれたのでしょうか。

河村氏:「DNP出版流通データ活用サービス」を導入してから、「(関係者)みんなが数字をよく見てくれるようになった」と感じています。販売部については品切れや急激な売上の増加が起きた際にアラートをつけることで、見逃しや反応の遅れが減り、優先順位の判断も的確になりました。
編集部は、今まで在庫や返品の情報が届いておらず、毎回販売担当に確認していたのですが、今はいつでも手元で確認できるので、増刷や宣伝に対して積極的に意見を発信するようになりました。また、売上が伸びていない本についても、データを通じてその原因を理解し、次の制作業務に生かしてもらえるようになったと思います。

宣伝担当にとっては新聞宣伝やテレビ取り上げなど、1つの施策に対しての効果が見えやすくなったのが大きいですね。反応がデータとして見える化されているので、その傾向を分析して新しいアイデアや提案を行う土壌ができてきました。
「今までデータ収集にかかっていた時間を別のことに使えるようになった」というのもありますが、以前は意識していなかった数字と自身の経験を結びつけてアイデアが生まれた例もありました。営業担当ではなく宣伝担当が「今度この枠で新聞宣伝を打ちますが、書店向けの注文書を作って受注しましょう」と相談してくることもあります。実際にデータを見て、新聞宣伝は宣伝後の店頭売上だけでなく、受注や送品にも効果があると宣伝担当が気づいたわけです。

出版業界のDXを進めるキーとは?

―組織の中でDXを進めるにあたり、意識していたポイントはありますでしょうか。

河村氏:一見DXとは関係ないところにあるような編集や販売現場の人に、いかに「自分ごと」だと思ってもらうかが肝心だと考えていました。そのため参加者を10名以下に絞ったコンパクトな説明会を十数回開いたり、その編集部が作っている媒体のデータを例として見せたりすることで、メリットをわかりやすく説明し、当事者意識を持ってもらえるようにしました。
ありがたいことに、たいてい各部署に何名かは「データ好き」な社員がいるものです。データ分析を面白がってくれる人をインフルエンサーにできるよう、活用のメリットを実感してもらう場を作ることが重要だと思います。


―さらにデータ活用を推進していく中で、どんなことをDNPに求めますか?

河村氏:現在導入している「DNP出版流通データ活用サービス」(22年12月時点)は店舗ごとの情報が確認できないので、そこを補う「BIツール」を新たに導入して、さらにデータの可視化を進めることも検討しています(23年3月より「BI店舗レポート」としてローンチ済み)。また、ほかの多くの出版社にも使ってほしいと思います。

社会全体でDXに向けた取り組みが進んでいますが、出版業界はまだまだDXできる部分が残っているのが現状です。業界の多くの出版社にとってはオーダーメイドのシステムを開発するのはハードルが高いですから、「DNP出版流通データ活用サービス」のようなソリューションの導入はひとつの選択肢になるでしょう。

業務インフラになるようなシステムの導入は、ベテランの営業担当や編集者を中途採用するのと違って、短期的な利益がすぐに見えないかもしれません。ただ、長い目で見れば確実に出版業界を支える仕組みになるはずです。資材の高騰やデジタルメディアの台頭など、今後も逆風が強くなる状況だからこそ、こういったツールの導入によってDXが進み、出版業界全体も盛り上がっていけばと考えています。

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