[AIコラム]
なぜDNPがAIを? ー後半ー
~相手を想えば、みんなに届くAIになる~
DNPが進めるAI開発について、そのコンセプトや具体的な取組みについてお伝えする今回のシリーズ記事。コラム前半では、AI開発に至った経緯やDNPならではの強みをお話ししました。引き続き、情報イノベーション事業部 DX基盤開発部部長の和田剛が、実際に生まれている製品や、開発過程で得られた新たな視点について語ります。
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「最初からユーザーを絞らない」という考え方
—2021年12月にリリースされたスマートAIデバイス『魔法の虫めがね』は、メディアにも多く取り上げられ注目を集めました。前半でお話のあった、日本語の文字認識機能が活かされている商品ですね。
『魔法の虫めがね』は、AIを搭載した専用の「虫めがね」を本などにかざすことで、印刷された文字・絵・写真・イラストなどをAIが認識し、その内容を音で伝えるデバイスです。長年印刷媒体を手掛けてきたDNPらしい製品だと思います。
動画:DNPスマートデバイス 魔法の虫めがねのご紹介(1分15秒)
—『魔法の虫めがね』はどういった経緯で誕生したのでしょうか。
これは、2020年2月にDNPがGoogle Cloudと一緒にスタートしたハッカソンから生まれました。その前年に開催されたAmazonの「AWS DeepRacer Championship Cup」において、DNPグループの社員が1位・2位を獲得したのですが、それを知ったGoogle Cloudから「DNPなら何かおもしろいことをしてくれそうだ」とお声がけいただいたんです。そこで考案した150以上のアイデアの一つが『魔法の虫めがね』でした。
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このハッカソン自体が新しい試みで、初回のキックオフを行った直後に新型コロナウイルス感染症が大流行してしまったため、そのあとはリモートで開催することに。ならば、その分時間をかけて事業化できるものをつくろうと、ハッカソンとしては異例の半年以上の時間を費やしました。先ほどのDNPらしさが発揮されていることはもちろん、Google的な視点の影響を受けているという意味でも、面白いAI開発になったと思います。
—“Google的な視点”とは?
今回のハッカソンでとても興味深いと感じたのは、「ユーザーを絞り込まない」というグローバル大企業特有のカルチャーでした。通常、何か製品やサービスを開発する場合、最初にターゲットとなるユーザーのペルソナを設定します。「30代、会社勤めの独身女性」「70代のリタイア後の夫婦」といったように。あらかじめ利用ユーザーが限定されているなら、ペルソナ設定は必要です。しかし、多様な相手に向けたプラットフォームを提供する企業では、ターゲットは常に「世界中、誰でも」になります。
そこを出発点として、例えば言語の問題で日本人が使えないなら多言語展開をしよう、耳の聞こえない方が使えないなら音声機能をプラスしよう、と技術を開発する。つまり “同じ価値や利便性をすべての人に届ける”という目的がまずあって、その制約になることを技術で解決しよう、という考え方なのです。
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—最初にユーザーを絞り込んで機能を開発するのではなく、
絞り込まないことで可能性が広がるのですね。
そうですね。『魔法の虫めがね』も、子どもが本を読みながら使うだけでなく、高齢の方が新聞にかざして詳しい情報を得るために使ったり、外国の方向けに情報を翻訳できるようにしたりと、さまざまなユーザーに対して展開できる可能性を持っています。
—“世界中のみんなに情報を届けられるデバイスを開発しよう”という視点は、
DNPが掲げる「未来のあたりまえをつくる」にも共通するものがあると感じます。
そうですね。でも実は、先ほどお話した「データを価値ある情報に変える」というのは、我々DNPがずっとやってきたことです。例えばクライアントさまから商品に関するデータをお預かりし、それをカタログや本という情報に加工し、生活者に届ける。その本質は、まさに「データを価値ある情報に変える」ことです。
デジタル以前の社会では、それが印刷物というアウトプットになることが主流でした。今は世の中のデジタル化が進み、コミュニケーション手段が広がって、取得できるデータも膨大で多様になっています。そこにAIの力を活用し、多様になったコミュニケーション手段に合わせて情報を加工していくのは、DNPとしてごく自然な流れです。
動画:DNP会社紹介「未来のあたりまえをつくる。」(5分21秒)
「えっ、これAIだったの?」言われないと気づかないほど生活に溶け込んだAI技術を開発したい
—『魔法の虫めがね』は、スマートフォンアプリではなく、
虫めがね型のデバイスにしているところもユニークです。
発案者の子どもが虫めがねでいろんな物を見ることにはまっていて、そこから「子どもにとって親しみのある虫めがね型のデバイスにしよう」というアイデアが生まれました。
これは『魔法の虫めがね』の開発に限らない話ですが、デジタル主流の社会とはいえ、先ほどの「みんなに届ける」という視点から考えると「なんでもスマートフォンで」というわけにはいかないと思います。スマートフォンの所有率は非常に高く、言うまでもなく便利なデバイスですが、情報との接点をそこだけに絞ってしまうと子どもや高齢者、ハンディキャップのある方が仲間外れになることが多いのです。
また、スマートフォンは「自分から能動的に情報を取りに行くこと」が前提となっている媒体ですが、普段の生活の中で必要な情報を無理なく得られることも重要だと思います。以上のようなことを考えると、自然とアナログに近い媒体や、サイネージなどスマートフォン以外の手段も必要になるのではないでしょうか。
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普段身に着けている眼鏡や指輪などを媒体にしても面白いと思います。実は個人的に興味があるのも、そうした身近なものの中に隠れたAIエンジンの開発なのです。「サイレントAI」と呼んでいますが、「えっ、これAIだったの?」と驚かれるような、言われないと気づかないほど生活に溶け込んだAI技術が開発できたらいいですよね。
「社会のため・人のために」フィジカル視点も大切に
—先ほど出た「(情報の)仲間外れをつくらない」という言葉は、
SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」というキーワードにもつながりますね。
もともと日本には、「社会のため・人のため」を出発点とする企業がたくさんあります。儲かれば何でもありのようなビジネスのやり方は、日本の商習慣や社会にはマッチしませんし、それはDNPにおいても例外ではありません。人として、社会としてどう在るべきかを考え、物事を判断し続けていくことで、未来のあたりまえはつくられていきます。
スマートフォンアプリでも済むところにあえて別のデバイスを用意するように、時には「なんでわざわざそんなことを」と思われる部分があるかもしれません。でも、相手を想い、みんなに価値を届けるという目的を軸に技術を広げていくことで、日本企業らしい、DNPらしいAI技術が自然と生まれていくのだと思います。
和田 剛
大日本印刷株式会社
情報イノベーション事業部 ICTセンター
システムプラットフォーム開発本部
DX基盤開発部 部長
2022年6月時点の情報です。
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