環境配慮型の床材で岡山から世界に挑む

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大日本印刷株式会社(DNP)の開発チームを統括する松川康宏は、入社後の新人研修で訪れた工場で目にした光景が今も忘れられない。建材に使われる樹脂フィルムに段階的に色が重ねられて、徐々にその姿を表す「木目」。その見事さに衝撃を受けたのだ。

そもそもDNPに入社したいと考えたのは、印刷物が「想像もしていなかった建材などの部材に使われている」と知り、興味を引かれたからだった。それでも、工場で実際に印刷され、形になっていくのを見ると、心が揺さぶられた。

1995年に入社し、塩化ビニル樹脂(塩ビ)を使用した建材の生産技術を担当した。当時、塩ビのフィルムに木目を印刷した化粧シートは、国内市場で広く使われていた。しかし、材料の一部の可塑剤や、燃やした時に発生する塩化水素ガス、ダイオキシンなどが環境や健康に与える影響が問題視されるようになり、"非塩ビ"の製品開発が命題となっていた。

環境に優しい化粧シートを開発

EB(電子線)照射イメージ

そこでDNPが取り組んだのは、環境に優しい建材用の化粧シートだった。松川は開発に直接関わってはいなかったが、研究所が開発するようすを間近で見ていた。「研究所が総出で取り組んでいて、すごく盛り上がっていました」と当時を振り返る。

その結果、開発されたのが「フロア用非塩ビ化粧シート」だ。主材料であるプラスチックの一種、ポリオレフィンは、完全燃焼させれば水と二酸化炭素などになり、塩化水素やダイオキシンは発生しない。また、可塑剤を使用する必要もない。課題は表面の耐久性だったが、フロア用非塩ビ化粧シートはDNPのコア技術の一つであるEB(電子線:Electron Beam)テクノロジーと相性がよく、この技術を使うことで傷や磨耗、汚れなどに対する耐久性を飛躍的に向上させることができた。

現在は、日本で非塩ビ製品が開発されてから約20年が経過し、非塩ビ化粧シートを表面材に使った複合フローリングが国内の市場の約6割を占めている(当社調べ)。基材(合板、集成材など)の表面に化粧シートを貼り合わせた複合フローリングは、天然木の床材に見られるような経年による日焼けや干割れが発生しにくい上、木目の色や柄を揃えることができるのが特徴だ。

欧州、アジア市場に進出

研究開発に勤しむ松川

松川は現在、DNP岡山工場の開発部門で部長を務める。顧客のニーズに合わせて床材を開発し、カスタマイズするのが仕事だ。新人時代を過ごした古巣に2年前に戻ったのだが、環境配慮型の床材を海外に紹介するには、"今がチャンス"と見ている。

というのも、これまで欧州では低圧メラミンによる床材が主流だったが、ここにきて塩ビの化粧シートを表面材に用いた床材にシフトしている。この傾向が顕著になったのは、欧州の床材メーカーやサプライヤーで組織される複合フローリング協会(MMFA;Multilayer Modular Flooring Association)が2012年10月にドイツのミュンヘンに設立されてからだ。

しかし塩ビは、20年前に日本で環境や健康に与える影響が問題になった素材だ。「塩ビをめぐる一部の可塑剤や塩化水素、ダイオキシンの問題が、特に環境問題に敏感なドイツなどで指摘されており、20年前の日本の動きに似ている。この機を狙って、ヨーロッパ市場に本格参入したい」と、松川はDNPの戦略を語る。

当初、日本国内向けに製造した非塩ビ化粧シートをそのまま輸出することを検討したが、日本の仕様のままでは、住まい方や文化の違う欧州では通用しないことが分かった。特に、家の中でも靴を履いて過ごす国々では、傷や磨耗に対する高い耐久性が求められるからだ。

DNPは欧州各国の住まい方や文化を研究し、どのような床材が求められているかを調査した。また、欧州連合の品質基準も、EBテクノロジーを駆使することでクリアした。これらの成果はすでに表れており、2015年には複数の欧州企業がDNPのフロア用非塩ビ化粧シートを採用し、欧州各国で床材として販売している。

欧州同様、アジア市場に対しても、DNPのEB製品の参入が進んでいる。昨年は韓国でフロア用非塩ビ化粧シートが採用され、売り上げを伸ばしている。

技術と同様に重要な意匠

床材を選ぶ楠本

耐久性の高い環境配慮型の化粧シートを各国で受け入れてもらうには、たゆまない技術改良が必要だが、同時に、木目デザインなどの意匠面の工夫も重要になってくる。生活者は、まずは見た目で床材を選ぶ傾向にあるからだ。

そこで登場するのが、岡山工場でデザイン開発チームを統括する楠本泰二だ。楠本は、日本で約100人、世界でも500人しかいないと言われるサーフェイス(表面)デザイン専門の超スペシャリストだ。「原稿」と呼ばれる天然木の表面をなめらかに加工し、塗装したものをスキャンし、そのデータをもとに木目をデザインするのが仕事だ。「見る人が心地良いようなリズムとバランスを木目に付与するのが大切。あくまでも自然でなければならないのです」と、楠本は木目デザインの極意を解説する。

インテリア先進地域のヨーロッパに臨む

プレゼンする楠本

楠本は年に数回、欧州に出張する。目的は、「原稿」として使用するための天然木を買い付けることだ。展示会に足を運んで木目の最新トレンドを知り、顧客企業にプレゼンテーションしながら生活者の購買の動向をつかむことも重要な仕事だ。ヨーロッパの生活者はインテリア関係の商品に目が肥えており、とかくこだわりが強い。

また、ヨーロッパと言っても、国によって木目に対する好みも違う。楠本の分析によると、イタリア人はシンプルなものを、ドイツ人は木目のはっきりしたものを、イギリス人はカントリー調のものを、フランス人はパステル調や明るい色のものを好むという。

さらに、木目にも流行のサイクルがある。「数年前は、大きな節があるとか、派手なデザインが流行っていましたが、最近はその反動からか、エレガントで繊細なものが好まれています」。繊細な木目を表現したり、エンボス加工をして天然木のような肌触りを出したりするのは、DNPの得意とするところだ。十分に勝ち目はあると、楠本は読んでいる。

現在は木目の魅力に取りつかれている楠本だが、1990年に入社した当時は、広告やポスターのデザインを手がけることが希望だった。"地味な"木目デザインの担当を告げられたが、入社5、6年を過ぎたころから仕事が楽しくなった。欧州に出張し、インテリアデザイン先進国のトレンドに肌で触れる機会が増えたからだ。「若いころはデザインで有名になりたかった。でも、今は『秘すれば花』みたいな感覚です」。

工場外での共通の習慣

さまざまな木目デザイン

化粧シートを製造するうえで、松川と楠本はそれぞれ違う使命を担っているが、共通点が一つだけある。工場の外に出ると、どこにいてもついつい目が建材に向いてしまうことだ。

楠本は、ショッピングセンターや公共施設などで無意識に木目を観察している。木目を見ただけで、どの企業が製造したのかさえ分かってしまう。「ある時、息子と病院に行ったのですが、そこで使われていた建具の木目デザインは、私が手がけたものだったのです。息子は『へえー、そうなの』と驚いていました」。

一方の松川は、木目デザインの違いはあまり分からないが、商業施設や公共施設を訪れると、床材の表面強度が気になって仕方がない。「引きはがして調べたいという衝動にかられますね」と、私生活でも仕事が頭から離れないようだ。

全世界市場への進出をめざす

松川康宏

松川と楠本は、世界のトレンドを牽引する欧州市場を重要視している。そこでの採用が増えると、世界市場進出への足がかりができるからだ。そのためには、展示会への出展も重要になる。

その一つが、ドイツのケルンで2年に一度開かれる国際家具産業・木材加工専門見本市「インターツム」への参加だ。今年は5月16~19日に開催される。DNPのブースでは、この展示会用に開発された新柄が、全世界に向けて発信される予定だ。

楠本泰二

楠本は今後、高価格帯の製品向けのデザインを増やしていきたいという。「石目やメタリック調など、ニッチで特殊なデザインのほうが、むしろニーズがあるのではないか」と、ヨーロッパのメーカーが手がけないものを作っていく考えだ。

DNPは、非塩ビ化粧シートのさらなる成長戦略を描いている。「ヨーロッパ、アジアの次は、全世界の市場です」と松川は言い切る。「このビジネスを末永く繁栄させていくために、DNPの建材製品のブランド価値を高め、全世界に打って出ていきたい」。

  • 公開日: 2017年5月15日
  • 部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。