伝匠美で再現した洛中洛外図屏風 池田本の前に立つ森田りえ子先生

日本画家、森田りえ子先生が語る 高精細な複製画「伝匠美」の再現力

文化財の保護と鑑賞を両立させ、次世代へと作品をつなぐ「DNPデジタル高精細複製画 伝匠美」。DNPはこれまでも国宝や重要文化財など、約400作品を複製してきました。印刷による高精細な複製によって日本画の持つ筆勢や色の濃淡などが、どこまで再現できているか。日本画家の森田りえ子先生を「DNP京都太秦(うずまさ)文化遺産ギャラリー」にお招きし、「伝匠美」作品を見ていただきました。

目次

知恩院の襖絵「仙人図」を間近で見た森田先生の反応は……

伝匠美による仙人図の前で、今井さんの説明を受ける森田先生

まず森田先生に鑑賞いただいたのは、「DNPデジタル高精細複製 伝匠美」で再現した知恩院大方丈に描かれた襖絵「仙人図」。室町時代から江戸時代まで日本画壇の中心だった狩野派に属する狩野尚信の作品です。果たして、森田先生の目に「伝匠美」はどのように映るのでしょうか。

仙人図 正面からの写真


絵画データ
▽作品名:仙人図     ▽作者:狩野尚信   ▽成立:17世紀初頭
▽所蔵先:知恩院(京都) ▽形態:襖絵4面 

森田先生
まずは古色の再現が素晴らしいですね。歴史を感じる古色と金箔が相まって、「仙人図」の風合いが良く再現されています。また、背景部分の金箔と金砂子(きんすなご)(※2)の色合いも見事です。金箔上の金砂子を印刷で表現することで変化が出て、奥行きを感じさせているんですね。そのあたりも再現されていると思います。

  • 2:絵画などに使われる金箔を粉にしたもの

作者の筆致がわかる伝匠美のアップ

作品に顔を近づけてご覧になる森田先生


今井
和紙全体にすき間なく金箔を貼って、その上に印刷するという、我々が開発した特許技術を使っています。古色の再現は金箔をインキで古めかしくするイメージですね。こうすることで、描かれて400年以上たった現在の状態を再現しています。

森田先生
もう1つ驚いたのが、仙人や松の木の輪郭線です。作者の筆致が非常によく再現されていて、力強さや勢いが伝わってきます。普通の印刷ではできない微細な線ですし、人が模写すると模写した人の気持ちが入ってしまうので、ここまでの再現はできないんです。完璧ではないでしょうか。

今井
ありがとうございます。我々は、元となる作品を1億画素で撮影できる高精細デジタルカメラで撮影します。襖1枚を8分割して撮影していますので、1枚でおよそ8億画素ほどもあるデータになります。それをより作品に近づけるため、データをデジタル修正し、仕上げています。
ちなみに、こちらでは後ろのベンチに座っていただくと、「仙人図」を将軍の視点で眺めることができます。

DNP京都太秦文化遺産ギャラリーで仙人図を見る森田先生

森田先生
将軍の目線だとこんなに近いんですね! 「仙人図」の見どころのひとつに、「奥行きを感じる雅な空間」と「仙人や松の木のゴツゴツした輪郭線」のコントラストがあると思うんです。そのあたりの美しさも、この「伝匠美」から感じることができます。

重要文化財「洛中洛外図屏風 池田本」に見る、色の再現

伝匠美で制作した洛中洛外図屏風の前で、森田先生に説明する今井さん

続いては、国の重要文化財に指定されている洛中洛外図屏風のひとつ、「洛中洛外図屏風 池田本」。岡山藩の池田家に所蔵されていたことから「池田本」と呼ばれています。二条城などの建物のほか、祇園祭の様子や庶民の日常など、約3100人以上が描かれている大作です。こちらもご覧いただきました。

洛中洛外図屏風 池田本の写真

絵画データ
▽作品名:洛中洛外図屏風 池田本 ▽作者:不詳
▽成立:17世紀初頭 ▽所蔵先:林原美術館(岡山) ▽形態:六曲一双屏風

森田先生
「池田本」のチャームポイントは金雲ですね。凹凸がある金雲があることで、絵の中に陰影ができて変化がつき、年中行事や人物の動きを際立たせることができるんですね。あ、この「伝匠美」にも凹凸があるようですね……?


今井
原画では凹凸を胡粉(※3)で表現していますが、「伝匠美」では数回印刷を重ねてインクで厚みを再現しています。後ろにある体験展示なら実際に触って凹凸を体感できますよ。

  • 3:貝がらなどから作った白色の顔料
作品の凹凸を体験できるスペースで、伝匠美を触る森田先生

森田先生
ほんとですね! 触ったらツルツルなのかと思っていました(笑)。原画だとこんなに近くで見られませんし、まして触るなんて絶対できませんので、「伝匠美」ならではの貴重な経験です。

今井
そうですね。展示のガラスケース越しではなく、直接間近で見られるのも「伝匠美」のメリットです。

森田先生
顔を寄せて絵を間近で見ると、金雲以外の部分でも、天然絵具の「群青」「緑青」「朱」の基本色を巧みに使っているのが再現されていると思います。描かれている人物1人1人の表情を細かに観察でき、描いている人の楽しい気分が伝わってきますね。

今井
ありがとうございます。

森田先生
正面から見たときの精緻な再現性には驚きました。ただ……間近で見られる分、少し角度を変えて斜め下から上へとのぞいてみると、一部印刷的な光沢が見える部分があるのではないかと思います。日本画独特のざらりとした塗りが感じられるといいですね。

今井
なるほど……正面以外の角度からの見え方などはまだまだ研究の余地がありそうです。ありがとうございます。

画家の悩みでもあった、絵画の保存と展示を両立する「伝匠美」

作品鑑賞後、話をする森田先生と今井さん


今井
今回、2点の「伝匠美」を見ていただきましたが、いかがでしたか?

森田先生
再現の質は本当に高いと思いました。特に再現の難しい金を見事に使いこなしているのが素晴らしいです。画家の立場からいうと、寺院の一部として描かれた日本画は、日光が当たるなど必ずしも良好とは言えない環境に置かれることがあり、劣化してしまうのが悩みなんです。普段はこういった高精度の複製を置いて、原本はきちんとした環境で保存しておけば作品の寿命が延びるので、画家にとってはありがたいですね。


今井
作家である森田先生にそう言っていただけるとうれしいです。本日見ていただいた「伝匠美」は約400年前に描かれた作品の現在の姿を再現したものですが、森田先生の金閣寺の杉戸絵は描いて2年ほどで「伝匠美」にさせていただきました。描かれてすぐのデータがありますから年月が経って本物が劣化しても、描かれた頃の状態を見ることができるメリットもあると思います。

伝匠美を見た感想を語る森田先生

森田先生
「伝匠美」で再現していただいた複製画は、想像以上に本物に近い仕上がりでした。私の展覧会で原本とその複製を同時に見せるという試みをしたのですが、説明を良く読んでいない人は、同じものが2枚あると勘違いされたんじゃないですか?(笑)あとは、さきほども言いましたが、間近で、しかも触れながら見られるのも大きなメリットですね。本物ならまず触れないですから、絵画の研究材料としても十分だと思います。

今井
ありがとうございます。また、国宝の襖絵などがあるお寺の方などから、「本物があると怖くてしょうがなかった。『伝匠美』にして安心しました」と言っていただけることもあります。所有者様のお役に立てるのもうれしいですね。
さて最後に、「伝匠美」をご覧になり、もっとこうしては?など、アドバイスをいただけますか。

森田先生
そうですね。今後、「伝匠美」で複製した絵画を下絵にして現代作家がその上から描く、みたいなコラボレーションができたら楽しいですね。「伝匠美」には独特の技術がありますから、新しいオリジナルが生まれると思います。

今井
面白いですね! 「伝匠美」の技術とアーティストの方の才能が融合したら、新しいものができそうです。ぜひ挑戦してみたいです。
本日は、ありがとうございました。



日本画家の森田りえ子先生から「『伝匠美』には非常に高い再現力がある」というお言葉をいただいた今回。森田先生からのご提案のように、近い将来「伝匠美」から新たなアートが生まれるなど複製画の枠を超えた新しい価値が生まれるかもしれません。

笑顔で話す森田先生と今井さん

Profile

日本画家 森田りえ子先生
兵庫県神戸市生まれ。2000年京都市芸術賞新人賞受賞、2011年 京都府文化賞功労賞など受賞歴多数。2007年には金閣寺本堂の杉戸絵(※1)および客殿天井画を制作、2013年からは京都市立芸術大学の客員教授を務めるなど、幅広い分野で活躍。四季を彩る花鳥画や、生き生きとした女性像を華やかな色彩で描き、現在の日本画壇において最も注目される画家のひとり。

  • 1:杉の木でできた引き戸に描いた絵画

大日本印刷株式会社 今井将樹
2000年DNP入社。インキなどの材料担当として経験を積み、2002年に「伝匠美」に携わる。以後、和紙や絹、金箔などの材料についての研究に取り組み、技術的に困難と言われた金箔に印刷する技術を開発し、特許取得に貢献。現在までに襖絵をはじめ壁画、天井画、屏風、掛軸など多くの日本画の複製に携わる。

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◆森田りえ子先生 オフィシャルサイト
http://www.morita-rieko.com/

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