開発者が自ら営業に奔走する「DNP多機能断熱ボックス」
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目次
大日本印刷株式会社(DNP)高機能マテリアル事業部の山中剛は、4年前、自身が開発に参画した「DNP多機能断熱ボックス」(以下:断熱ボックス)の営業を担当している。技術者が営業職に転じるのはDNPでは珍しいことではないが、前部署にて、対話から課題解決につなげていく業務を行っていた山中には特に適任のようだ。本人は「プロパーの営業の売り方、仕切り方はさすがで、真似できない」と言うが、製品を開発した本人だからこその説明ができる強みを持っており、開発部門との連携もスムーズだ。
山中は、最近実施した、荷物を低温状態で12時間かけて北海道から九州に運ぶチルド輸送の試験において、断熱ボックスの高い機能性とDNPの熱設計技術の高さを改めて認識した。
断熱ボックスは輸送中電源をまったく使わないが、条件によって冷蔵車や冷凍車に匹敵する機能を発揮する。DNPが開発した高機能フィルムを使った真空断熱パネルを応用することで、高い断熱性能を実現している。保冷剤やドライアイス、蓄熱材を駆使して荷物の温度を長時間一定に保つ、いわば「魔法瓶」のような働きをするのが特徴だ。しかし、通常輸送に断熱性能を持つボックスを使ったとしても、電源を使用した冷蔵や冷凍機能を持たない容器では、2~5℃程度のチルド輸送は難しいと考えられており、この試験はチャレンジングなものだった。
今回の試験は、断熱ボックスの中に、荷物に見立てた水をあらかじめ5℃に冷やして入れる方法で行われた。DNPが独自に開発したシミュレーションソフトで、荷物の温度を12時間にわたって5℃程度に保つための保冷剤量を弾き出した。断熱ボックスは、2月の極寒の北海道の外気にさらされる一方、輸送中の環境温度は約20度にまで上昇する。最適な量の保冷剤を使ってボックス内の温度を一定に保つには、的確なシミュレーションが必要になる。
結果は、12時間にわたってピタリと5℃をキープできた。「現場には『上手くいってあたりまえ』という雰囲気はありましたが、シミュレーション通りだったので、強く印象に残りました。これで類似の輸送用断熱ボックスと差別化できると確信しました」
DNPの断熱ボックスは、医療用の高機能保冷ボックスなどに使用する技術を広く応用できないかと、DNPが物流業界にヒアリングして生み出した製品だ。物流業界で通常使われる「ロールボックスパレットサイズ」、縦横各1100mmのパレットに載せてワンボックスカーや軽トラックの荷台にもぴったり搭載できる「パレットサイズ」、スーパーマーケットのバックヤードで使用されるカゴ車にフィットする「食品カゴ車サイズ」、マンションのエレベーターに入る大きさで最大の「台車サイズ」の4種類を開発した。これほど大型の断熱ボックスは、他社に例がない。
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郵船ロジスティクスに採用され、事業拡大の突破口に
シンガポールに輸送したDNP多機能断熱ボックス(パレットサイズ)を 車に積み込むまでの様子 写真:株式会社ちとせ研究所・郵船ロジスティクス株式会社 提供 |
山中が営業を始めた2014年当時は苦戦を強いられた。この製品を使用すると、従来品とは違った運用が必要となるのも、導入が進まない一因だった。こうした重苦しい雰囲気を一変させたのは、社外の技術を導入して差別化を図る「オープンイノベーション」を推進する郵船ロジスティクス株式会社様の目に止まり、DNPの断熱ボックスの採用が決まったことだった。2015年には、断熱ボックスを使って日本からシンガポールにイチゴを空輸する実証実験が行われた。
「鮮度というのは測る指標がないのですが、開梱したときにイチゴの甘い香りが辺りに充満したそうです。香りも輸出することができた。それだけ新鮮な状態なまま、空輸ができたということになります」と、山中は胸を張る。日本政府も農林水産物・食品の輸出を推進し、2019年に輸出額を1兆円に引き上げる目標を掲げているだけに、今後大きなビジネスチャンスになり得る。
また、冷蔵や冷凍輸送のインフラ整備が進んでいない東南アジアでも、断熱ボックスの採用は進んでいる。「断熱ボックスを使用するとコールドチェーン*の分断が避けられます。例えば、四角いアイスキャンディーが輸送中に溶けて丸くなるということもなくなり、大変好評です」
- *コールドチェーン(cold chain:低温流通体系):生産者から消費者まで、生鮮食品や医薬品などを低温に保ったまま運ぶ物流方式。
シミュレーションソフトは「力の源泉」
DNPのビジネスモデルは、「売ったら終わり」ではない。得意先に運用面での手厚いサポートを提供する。その際に大きな威力を発揮しているのが、先ほども触れた、DNP独自開発のシミュレーションソフトだ。輸送中の環境温度、荷物のサイズや量、輸送距離など、得意先から収集した情報を細かく入力できるよう、一年かけて調整して完成させた。このソフトを使い、輸送の環境や所要時間などの条件を設定すれば、最適な保冷剤の量を算出することができる。
このシミュレーションソフトの開発に参加したABセンターの技術者・片島智文は、「得意先から『すごいですね』と、シミュレーションソフトの精度に高い評価を頂くことが多い」と言い、断熱ボックスを広く長期にわたって販売していく「力の源泉」とも語る。
片島は「断熱ボックスの提案によって、得意先企業が初めて気づく課題も多い」と力を込める。断熱ボックスの利用を企業等に提案する場合は、実際に各社の作業現場を訪問し、出荷する製品の保管温度や積み込み作業時の室温など、可能な限りの情報を収集する。得意先の要望はその都度異なるものの、これまでの経験から、荷物の種類や輸送方法、輸送先がわかれば、相手に細かい質問をしなくても必要な条件をほぼ全て想定して、ソフトに入力できるようになったという。
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「課題解決型」ビジネス
山中は、開発者の視点で断熱ボックスの販促用パンフレットの企画・制作にも関わり、「陸送」「空輸」「海運」「東南アジア」向けの4種類を作成して、物流業界を中心に営業に臨んでいる。そのスタンスは、「得意先の課題を解決し、社会の課題を解決する」ことだ。得意先が「困っている点」を聞き出し、潜在的なニーズとして解決が求められている社会課題を探り出す。
例えば、得意先課題や潜在的な社会課題として挙げられるのは、「物流における環境配慮とコスト削減」「配車の確保」「輸送中の荷物の劣化などのロス率の低減」などだ。
――環境配慮とコスト削減
発泡スチロールボックスなどの保冷用資材は、荷物を配送先に納入した後に破棄されるが、断熱ボックスはリターナブルで、繰り返し使用することで資材ゴミを削減できる。また、近年価格が上昇しているドライアイスの使用量を減らし、二酸化炭素排出量とコストの両方の削減が可能になるなど、環境に配慮した輸送ができるとともに、長期的に見ればコストダウンにもなる。
――配車の確保
近年、荷主や物流業界が頭を悩ませているのが、ドライバー不足だ。加えて、夏場は冷蔵車・冷凍車の確保も難しい。断熱ボックスを使えば、「冷蔵品」「冷凍品」「常温品」「保温して運びたいもの」「工業製品など高温を嫌うもの」を同じトラックに混載することが可能となるため、配車数を減らし、ドライバー不足の影響を軽減することができる。
――輸送中の荷物の劣化などのロス率の軽減
食べられるにも関わらず捨てられる食品ロスは、平成27年度の日本で約646万トンに上る(環境省調べ)。断熱ボックスを使用すれば、コールドチェーンを断絶させない輸送が可能になり、食品ロス率の低減にも貢献できる。またエレクトロニクスなどの工業製品には高温にさらされると劣化するものがあるが、断熱ボックスを使用すれば、50度の外気温にさられても、製品を一定の温度のもとで輸送できるため、劣化防止につながる。
山中はこうした課題の解決に取り組みながら、4種類の断熱ボックスを起点に、顧客の求める輸送最適化を実現できるよう片島ら開発チームと連携している。
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今後の展望
断熱ボックスは、海外への工業製品輸送に採用される実績も出てきており、今後各種用途に広く導入していく計画だ。特に、年間を通じて気温が高い東南アジアは、冷蔵・冷凍輸送のインフラが十分に整っていないため、大きな市場となり得る。
普及に向けた課題は、荷物を輸送した後の断熱ボックス回収の仕組みの確立だ。断熱ボックスはコンパクトに折りたたんで回収できるが、効率を考えると復路も品物を運ぶことが望ましい。現在、物流を担当するグループ会社のDNPロジスティクスと、その仕組みの確立に向けて協働を進めている。
「今まではB to Bのビジネスモデルでやってきましたが、生活者を対象としたB to Cの事業にもなり得ます。営業のアイデアは、私生活の時間も含め四六時中考えています」。山中は、断熱ボックスの良さをより広くアピールしていくことに余念がない。
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※「DNP多機能断熱ボックス」詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.dnp.co.jp/biz/solution/products/detail/1188731_1567.html
- ※公開日 : 2018年7月18日
- ※部署名や製品の仕様などの掲載内容は取材時のものです。予告なしに変更されることがありますので、あらかじめご了承ください。
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