いま、世界的に電気自動車(EV)への移行が推し進められている。従来の自動車メーカーだけではなく、IT企業が参入するなど、その動きは今後も加速していくだろう。しかしその反面、EVを取り巻く社会インフラの整備は今後の課題のひとつであり、それなくしてEVが大きく普及することは考えにくい。DNPは、印刷技術を応用・発展させて、薄くて軽い充電コイルの開発に取り組んできた。将来的には自動車の走行中充電の実現も視野に入れているという「ワイヤレス充電用シート型コイル」の開発を行う、研究開発・事業化推進センター荒川茜が語る。聞き手は、地域活性化を目的とした地域DXに取り組む松浪琢也。
「ワイヤレス充電用シート型コイル」のアイデアは、DNPの印刷技術がもとになっているんです。
松浪いきなりですが、荒川さんはもともとどのようなお仕事を志望していたんですか?
荒川はい。モノづくりに関わる仕事に就きたいと入社前から考えていました。
松浪大学もそういった分野を?
荒川大学では液晶ディスプレイの研究をしていました。DNPは液晶ディスプレイに使う光学フィルムやカラーフィルターなどを取り扱っていると知っていたので、それが入社の動機です。でも今はディスプレイの関連製品ではなくて、「ワイヤレス充電用シート型コイル」の開発に携わっています。分野が違うようではありますが、同じ電気系なので知識や技術も活かせています。
松浪「ワイヤレス充電用シート型コイル」、気になっていました! ただ、私は文系なもので技術には疎く……(笑) それってどういうものですか?
荒川スマホを置くだけで充電できるワイヤレス充電器はご存知ですか? 基本的な原理は同じです。そのイメージでEVの充電をワイヤレスでできるようにする、という仕組みです。ただ、スマホのワイヤレス充電器は、ぴったりくっつけないと充電ができません。でも、「ワイヤレス充電用シート型コイル」はその技術を応用して、一定の距離まで近づけば、接触していなくても充電できるようにしたんです。
松浪おお、なるほど。
荒川一般的に、ワイヤレス充電の装置に使うコイルは銅線を巻いてつくります。性能を上げるためには細い銅線をたくさん合わせて、太くして使う必要があるのですが、それだとどうしても重くなってしまうという問題もあって。EVって重くなるとその分、走れる距離が短くなってしまうので、できるだけ部品を軽くする必要があるんですね。そこでDNPが培ってきた印刷技術が応用できないか、となったわけです。
松浪印刷のどのような技術を応用しているんですか!?
荒川エッチング加工※と呼ばれる技術を用いて、薄い銅板を加工することでシート状のコイルにできないか、というアイデアが始まりなんです。
(※エッチング加工:材料の表面の一部を化学的に腐食させて除去することで、目的の形状に加工する技術)
このエッチング加工の技術はもともと印刷用の版をつくる表面処理技術でしたが、それの応用です。DNPの製品に半導体製品をつくるためのフォトマスクがありますが、それもエッチング加工の技術を使っています。主にはその技術が起点ではあるのですが……。
松浪?
荒川研究を進めるにつれて、それ以外にもいろいろな技術を掛け合わせているので、現状ではひと言で「DNPのこの技術を活かしています!」とは言いにくい状況になっています(笑)。モノづくりに関する技術だけでなくて、シミュレーションや分析といった、情報に関する技術も活用していますし。
松浪なるほど、そうなんですね!
荒川でも、印刷で培ってきた技術やノウハウをうまく掛け合わせて発展できた、というのは間違いありません。
EVの普及を加速させるためには、充電環境の整備が必要不可欠です。
荒川DNPで開発しているのは充電器そのものではなく、電気を送ったり受けたりするコイルの部分です。受電側のコイルはEVに載せるもの、送電側のコイルは駐車場などの地面に設置するもので、EVがその場所に停まると充電が開始される、という仕組みです。受電コイルはEVに載せるので、できるだけ薄くて軽いものにしたいという思いがあります。
松浪世界的にEVシフトが進む中で、充電という部分はすごく大切になりますよね? 走っている途中で充電が切れてしまうのが不安ですし……。あとは、充電スポットがあったとしても、従来のようにケーブルを挿す作業がなくなれば、煩わしさも緩和されますね。
荒川その通りです。充電できる環境を社会インフラとして整備しないと、EVの普及は思ったように進まないでしょう。また、私たちがこれから「ワイヤレス充電用シート型コイル」を普及させていくにあたっては、EV自体の仕様も変えていく必要があります。現状のEVはワイヤレス充電に対応していませんから、外付けでコイルを追加するという技術も必要です。
松浪簡単に外付けできるようになったらスゴイですね。
荒川すでにEVに乗っている人も、業者さんに付けてもらって、すぐにワイヤレス充電ができるようになったら、とても便利ですよね。
松浪いや、スゴイですね。都市部だけでなく、地方でも活用できそうです。観光地や商業施設、ホテルなどの駐車場にモジュールを設置しておけば、用事を済ませている間に充電できる、といったサービスを提供できるわけですね?
荒川そうです。ケーブルを挿す必要がなく、駐車場に停めるだけですからストレスもないと思います。あと、これは将来的な話なのですが、走行中充電の実現も視野に入れています。たとえば、高速道路の1レーンにモジュールを埋めておけば、走りながら充電ができるみたいなイメージです。
松浪走りながら充電ですか! 夢のようです。とても便利になりますね!
荒川とはいえこうした構想は、まだまだ課題も多いですし、DNPだけで実現できるものではありません。社外のパートナーの皆さんとも連携しながら、実現に向けて進んでいきたいなと思います。
松浪今後EVを取り巻く状況もどんどん変わっていきますもんね。
荒川はい、こうしたインフラ環境が整えば、EVシフトはさらに進むはずです。2050年のカーボンニュートラル実現の目標もありますので、走行中充電もそれくらいの時期をめざしたいな、と考えています。一足飛びでは進んでいかないので、まずは実際のEVでの実績づくりからですね。
「ワイヤレス充電用シート型コイル」の技術で、ライフスタイルの変化に寄与したい。
松浪開発が進めば、次はどう普及させていくか、という話になりますね。
荒川そうですね。私たちが開発しているのは、EVの部品です。つまり自動車メーカーに採用してもらう必要があります。今、各メーカーもEVシフトを進めていますが、必ず解決しなければいけない充電の課題の解決に、このシート型コイルが役立てると考えています。だからこそ今は、とにかく私たちの製品の性能を向上させて、自動車メーカーに多く採用してもらうことをめざしています。
松浪まずは性能ありき、なんですね。
荒川はい。今後もEVシフトは急速に進んでいくはずです。その流れに合わせてコイルの導入を促進できるように、社内でしっかりデータをとって自動車メーカーの皆さんとともに進めていきたいです。その際にはやはりデータを見て検討していくことになるので、まず性能ありきです。
松浪近年、自動車業界は大きく変わろうとしていますよね? 他業種のIT系企業などがEV開発に参入しようとしていたり。
荒川私たちが取り組んでいるのは自動車部品なので、EVをつくるプレーヤーが増えるほど提供先も増えるという強みがあるかな、と考えています。どのプレーヤーにとってもEVに充電は欠かせません! 私たちはいつでも、自信を持って提供できるものをつくっていきます。
松浪なるほど! では、この技術が社会に与えるインパクトはどのようなものだと考えていますか?
荒川まず、生活における利便性が向上すると思います。停めるだけで充電できたり、走りながら充電できたりする技術によって、わざわざ充電スポットを探す手間も減りますし、そのストレスから解放されるだけでもライフスタイルは大きく変化するのではないでしょうか。また、こういった充電技術がきっかけでEVが普及しやすくなったら、カーボンニュートラルの実現にも貢献できると考えています。そういった意味で、社会的なインパクトは大きなものになっていくと思います。
松浪確かにそうですね。携帯電話が出始めたころ、充電できる場所を探して街中をさまよったことを思い出しました(笑)。
荒川似たようなケースだと、Wi-Fiもそうですよね。Wi-Fiが社会インフラに組み込まれてすごく便利になりました。私たちの「ワイヤレス充電用シート型コイル」も、そのような社会インフラになる可能性が十分にあると考えています。
松浪私が取り組む、地域活性化を目的とする「地域DX」でも、移動手段の利便性向上は大事なテーマです。この技術を活用すると便利になるイメージが、より具体的になりました。
荒川そうですね。DNPグループにはいろいろな技術や取り組みがありますよね。その強みを掛け合わせていくと、それは新たな可能性を生み出すきっかけになりますし、とても大事なことですね!
松浪はい、これからもその姿勢を持ち続けていきたいと思います! 本日はありがとうございました。
荒川こちらこそありがとうございました。
2023年6月公開