少子高齢化、人口減少という大きな課題を抱えている日本。そして、その影響を色濃く受けているのが地方である。日本経済を成長させるためにも、地域活性化は不可欠であり、地域をどのように盛り上げていくか、どのように人を呼び込むかといった方法は以前から模索されてきたが、デジタル技術の進化によって、課題解決の可能性が広がっている。地域活性化という目的を達成するため、デジタル技術を活用し、「地域DX(デジタルトランスフォーメーション)」に取り組んでいるモビリティ事業部/松浪琢也が語る。聞き手は、「ワイヤレス充電用シート型コイル」の開発に取り組む荒川茜。
自治体の枠を越えて連携することで地域課題の解決につなげていく。
松浪荒川さん、「地域DX」という言葉は聞いたことがありますか?
荒川DNPが地域活性化の取り組みを進めているのは聞いていました! もっと詳しく知りたいと思っていたので、今日は貴重な機会だと思っています。
松浪よろしくお願いします! まず、私の所属部署から紹介すると、モビリティ事業部では、自動車などの移動手段に関連するさまざまな事業を推進しています。
荒川そうですよね。私が担当している「ワイヤレス充電用シート型コイル」もクルマに関するものなので、モビリティ事業部でさまざまな製品を担当している方とよく話す機会があります。でも、そうした製品と地域活性化の取り組みは少し分野が違う気もします。
松浪自動車業界全体の取り組みとして「MaaS(Mobility as a Service)」がありますよね。クルマというモノに留まらず、サービスとして多様な移動手段を提供・活用していくという考え方ですが、DNPもその考えのもとでサービス開発を進めています。その中で、地方を含めた自治体や交通事業者の方とコラボレーションしながら、交通手段の利便性や回遊性を高める取り組みをいくつか実施してきました。
荒川なるほど。そう考えるとモビリティと地域活性化が近しい気がしてきました。
松浪そうなんです。特に地方では、少子高齢化や過疎化の影響が大きく、公共交通機関の維持・存続が困難になっているところが多くあります。また、観光が大事な産業だったりしますので、観光客の移動の利便性を高めることも大事な視点です。だから、地域活性化にモビリティサービスは必須なんです。
荒川確かにそうですね! 今は、三重県の5つの町を連携させた取り組みを具体的に進めていると聞きました。どんなきっかけで……?
松浪はい。もともとは、先ほどのMaaSの観点で、三重県菰野町(こものちょう)にある湯の山温泉のリゾート施設に自動運転モビリティの運行管理システムを導入しました。その関連で、新しく三重県多気町(たきちょう)に宿泊型の商業リゾート施設を建設するという話を聞いたんです。この施設をきっかけとしてこの地域を活性化していきたいという構想で、そこにDNPも関わっていけないか模索していたんです。
荒川そこから今につながっているんですね。
松浪そうです。ただ、話を聞いて考えれば考えるほど、課題もたくさん見えてきました。ひとつは、モビリティサービスだけで課題は解決できないということ。もちろんそれも大切なのですが、それだけではなく、もっと多角的な視点からあらゆる取り組みを進めていくことが必要でした。そうした考えから、現在はモビリティサービスに留まらず、地域活性化につながるさまざまなサービスの導入に取り組んでいます。
荒川確かに地域の課題はひとつではないですもんね。他の課題ってどのようなものですか?
松浪もうひとつは、単独の町だけでは、なかなか構想を実現できないことです。一つの町だけだと、どうしてもできることに限界があります。そこで、行政上の境界を越えて、近隣の地域が広域連携して一緒に取り組んでいくことが必要だと考えました。現在は、多気町・明和町・大台町・度会町・紀北町という5つの町で一緒に取り組んでいます。これは全国的にもなかなか珍しい広域連携の事例だと思います。それぞれの町に違った魅力があるので、それを活かしていくことで、観光客の周遊も生まれるし、地元の産業にも相乗効果が生まれると考えています。これを「仮想自治体」と呼んだりもします。行政上の町としては境界があるけれど、広域連携の取り組みではそれを越えてひとつの地域としてかたちづくる、という意味合いをこの言葉に込めています。
荒川すごい! もともとのモビリティサービスの取り組みから、大きな活動になっているんですね。
松浪でも、地域の課題を解決したい、という当初の想いはまったく変わっていません! それを実現するために今の考えにたどり着いたという感じです。
荒川壮大! ここまでのお話を聞いていると意外な気もしますが、松浪さんはもともと、出版関連の事業部に所属していたとか?
松浪そうです。DNPに入社して、最初は出版関連の営業を担当していました。その中で自治体に関わる案件もいくつか担当することがあって、いつの間にか地域活性化に関わる仕事をしたいと考えるようになりました。そんな時に今の部署の社内公募があり、迷わず手を挙げました!
荒川それで部署を異動したんですね。今、取り組んでいる三重県の5つの町は、どのような課題を抱えているんですか?
松浪やはり地方特有の少子高齢化、人口減少というのがもっとも大きな課題といえます。子どもたちも高校まではその地域にいるけど、大学は首都圏や大都市を選択し、そこから戻ってこない、なんて話をよく耳にします。
荒川私自身も福島県出身なのですが、東京に出て来て就職したので、すごくよく分かります。
松浪地方では、首都圏や大都市と比べると企業が多くないので、働き口も十分とはいえません。地域活性化に取り組む中で、魅力的な働き口を増やすことも、すごく大切だと感じています。地方での暮らしやすさや利便性を向上させることで、いずれそうした効果も生み出したいと思っています。
さまざまなデジタルサービスを複合的に連動させて、暮らしやすさを向上させたい。
荒川「地域DX」ということは、デジタルの技術やサービスを活用していくことなんですよね?
松浪その通りです。今後、地域活性化を実現するために、デジタルの考え方は不可欠だと思っています。生活の質を上げるさまざまなデジタルサービスを導入することで、いわゆるビッグデータが溜まっていきます。そのデータを地域の中で連動させることで、さらにサービスの質を上げていくことができるはずです。5つの町が連携していることで、よりその効果も高まります。
荒川三重県の5つの町での「地域DX」は、松浪さんの中で何%くらい進んでいるんですか?
松浪動き出してはいますけど、まだまだやることがたくさんあります。いろいろなサービスを連動させることで心豊かな暮らしをつくり、地域全体で経済を循環させ活性化させることが最終目標なので、現段階ではスタートを切ったばかり、という感覚です。
荒川今はどのようなフェーズなのでしょう?
松浪実証実験が終わり、実装の段階に入ったところです。先ほども触れた宿泊型の商業リゾート施設は、2021年に「VISON(ヴィソン)」という名称でオープンしました。その名称をもとに、三重県の5つの町の広域連携を「美村(びそん)」という名でブランド化しました。「美村」として、これから取り組みを加速していきたいと思っています。
荒川「美村」ですか! 行ってみたくなるような名前ですね。
松浪ありがとうございます。この取り組みは、2021年に経済産業省の「地域新MaaS創出推進事業」と国土交通省の「スマートシティモデルプロジェクト」に採択されました。さらに、政府の「デジタル田園都市国家構想」の支援も受けています。現在は産・官・学を合わせて30以上の団体が参画して、さまざまなサービスの連動などを地域内で構築し始めています。
荒川具体的にはどういったサービスを進めているんですか?
松浪例えば、地域独自のデジタル通貨です。加盟店で決済するとポイントが溜まり、地域内での回遊を促すことになります。また、通常の決済サービスと違って、購買のデータを地域で取得できるのも大きなメリットです。地域でデータを活用するためにはこうした基盤が必要なんです。
荒川地域で経済が循環するための基盤なんですね。
松浪他にも地域の住民や観光客に情報発信していく共通のポータルサイトも立ち上げています。地域の加盟店がSNSで発信する情報とリアルタイムにリンクしたデジタルマップの機能など、地域の方自らが情報発信をしやすいような仕組みにしています。
荒川本当にいろいろな取り組みをされていますね!
松浪それ以外にも、過疎化や高齢化で深刻になっている医療課題を解決するために多用途で使えるマルチタスク車両とオンライン診療を組み合わせた実証実験や、中山間地での交通利便性を高めるオンデマンド乗合タクシーの実証実験、マイナンバーカード申請などの行政のDX化といった取り組みをやってきています。これらを複合的に連動させて、地域活性化につなげていきたいと考えています。
荒川「美村」はこれから本格化していく、という感じですね。三重で取り組んでいる「地域DX」は他の地域でもあてはまる考え方ですよね? 今後そういった構想はあるんですか?
松浪おっしゃる通り! この考え方は、同じ課題を持つ他の地域にも応用していけると思います。三重県での取り組みは2019年に開始したので、4年くらい続けています。ここで多くのノウハウを積めていますので、例えば、三重県で5年かかったことも他の地域では1~2年で実現できる、ということもあると思います。
荒川そうですよね。課題解決によって活性化していく地域が増えれば、日本全国が元気になりそうな気がしますね。松浪さんはこの「地域DX」の取り組みの中でどのような役割を担っているんですか?
松浪まずDNPの役割としては、自治体や企業をまとめる旗振り役としてこの取り組み全体に関わっています。多くのパートナーが一緒に取り組んでいますので、意思疎通をしながらより良い方向に進んでいくように伴走しています。その中で、私自身は、実際に地域に入り込んでプロジェクトが円滑に進むように調整したり、新しいサービスをどのように形にするかを検討したりするような役割ですね。5町のひとつである明和町の「地域活性化企業人」※にも参加していて、平均すると週に2~3日は現地に滞在しています。
※民間企業に所属しながら地方自治体の一員として活動する制度。
荒川東京と行ったり来たりの生活なんですね!
松浪はい。やはり現地の様子をよく知らないといけないですし、地域の皆さんがどう感じるかを第一に考えたいと思っています。直接対話することはすごく大事です。
地域の中で人と経済の流れを生み出し、循環させることで地域活性化を実現する。
荒川想像以上に大きな活動で驚いてます! デジタルを活用して地域活性化を実現する、という構想がポイントですね。
松浪そうですね。もしかしたら荒川さんも、デジタルというと地域の高齢者の方々には少し難しいのでは、と感じるかもしれません。でもそうではなく、「デジタルのリテラシーが高くなくても普通に使える」状態が理想だと思います。DNPには、コンテンツ設計やサービス開発の分野で、これまで培ってきた技術やノウハウがありますので、これらの強みを活かせると考えています。
荒川利用者に寄り添ったデジタルサービスの導入が大事なんですね。
松浪まずは使ってもらうようにしないといけないですからね。そうして実績としてのデータを蓄積していけば、また新たな質の高いサービスが生まれる。そうすると暮らしやすさも高まるし地域の魅力も上がっていく。そして、人の流れが生まれれば、新たな産業が生まれ地域での雇用も生まれていく。このように、地域の中で人とお金が循環していくのが理想かな、と思います。
荒川デジタル化が進めば進むほど、人もお金も循環が進むということですね!
松浪その通りです!
荒川地域活性化という観点で考えると、私が担当している「ワイヤレス充電用シート型コイル」の事業とも接点がありそうです。
松浪そうですね。「VISON」のような商業施設はもちろん、空港や客船が泊まる漁港など、地域でクルマを活用する場所に、電気自動車(EV)が充電できる駐車場を設置したりといったことが考えられそうです。
荒川この地域だったら充電できます、というのが「売り」にもなりますし、EVの普及にも貢献することで環境配慮にもつながりますね。
松浪今、実際にDNPの中でも、さまざまな事業分野の製品・サービスを地域活性化の視点で掛け合わせて、活用しようと思っています。メタバースや教育・文化・芸術に関わるものなどいろいろと検討を進めています。「ワイヤレス充電用シート型コイル」ともぜひ連携したいですね。
荒川はい。これからも情報交換を続けさせてください。今日はありがとうございました!
松浪こちらこそ、ありがとうございました。
2023年6月公開