#05 DNPの鑑賞システム「みどころ」シリーズ

マーケティング本部 田井慎太郎 × 研究開発・事業化推進センター 松下沙希子
DNP×DNP 左に田井、右に松下。向かい合わせで座る写真。

「多くの人にとって、アートはちょっと難しい」

「うん、わかります」

「でも頭で理解するだけでなく、より“体験”に近づけることができれば…」

「それがインタラクティブ鑑賞システム!」

#05 高精細デジタル化技術が好奇心を拡張する未来も、DNPの仕事だ。

DNPの前身のひとつである秀英舎は、1876(明治9)年に「文明の業を営む」という志を抱き創業した。この言葉には「人々の知識や文化の向上に貢献したい」という想いが込められていた。以来、DNPは印刷技術の高度化を図りつつ、その想いを受け継ぎながら文化・芸術分野に関する取り組みを続けてきた。その中で2020年代に生まれたのが、文化財やアート作品等をデジタル化して多様な情報とともにインタラクティブな新しい体験として提供する「みどころシリーズ」。その中核を担う田井慎太郎が語る。聞き手は三次元臓器「ミニ腸」の研究開発に取り組む松下沙希子。

田井

「デジタルアーカイブを通じて、文化財やアート作品の“保存と公開”を両立したい」

田井「みどころシリーズ」を体験してみて、いかがでしたか?

松下正直、びっくりです! すごく臨場感があって驚きました。

田井そう言っていただけるとうれしいです。

松下手すりをつかんで階段を上っている感じなどがすごくリアルで。あの距離感は、計算してつくっているんですか?

みどころグラス®、みどころビューア®、みどころウォーク®、みどころキューブ®
みどころシリーズ体験の様子

田井そうです! 今回、松下さんが体験したのは、フランス国立図書館(Bibliothèque nationale de France:以下BnF)の天井画です。実際のBnFの建物の床面から天井画までの距離は約9m。現地にはない仮想の通路と階段をVRコンテンツの中に設置することで、現地で天井画を見るよりも近くで鑑賞できるようになっています。

松下現実では体験できないんですね! とても不思議な感覚です。こうした取り組みをするきっかけはなんだったんですか?

田井DNPは昔から、文化財やアート作品の図録やポスターの制作などを通じて、文化・芸術分野と深く関わってきました。その延長で作品等のデジタル化、いわゆる「デジタルアーカイブ」の事業にも積極的に取り組んできました。
文化財やアート作品は保存するだけではなく、多くの人々に公開することにも大きな意味があります。公開していくことで、それを見る人の知的好奇心を刺激できるからです。一方で、公開を続けると徐々に劣化してしまうというジレンマもあります。
それを解決するために活用できるのがデジタルの技術。まずは、現在の姿を高精細なデジタルデータとして残していくことが大切です。次に必要なことが、それを積極的に利活用していくこと。デジタルならではの表現技術を用いることで、文化財やアート作品への興味のきっかけを与えたり、はたまた実際の作品鑑賞では実現できない印象的な体験を提供したりすることもできます。そんな想いをもって開発したのがこの「みどころシリーズ」です。

松下確かに印象的な体験でした! まさにデジタルならではですね。しかも高精細で臨場感もすごかったです。

田井ありがとうございます。「みどころシリーズ」はゴーグル型のものやタッチパネル型のものなど、それぞれの作品等の特徴に合わせて、どうすれば興味を持ってもらえるか、どうすればより深く理解してもらえるかということを考えながら開発してきました。
文化財やアート作品を単体で鑑賞するだけではなく、作品が制作された背景や描かれているものに隠された意味など、関連する知的情報を一緒に得ながら鑑賞すると、興味や理解が圧倒的に深まります。この知的情報を「みどころ」と表現しています。

松下

「社外のパートナーと連携し、新たな体験価値を生み出していく」

松下田井さんはなぜDNPに入社したんですか?

田井大学院では美術史を専攻して、学芸員の資格を取得したこともあって美術館や博物館で仕事をすることも考えました。そんな時に、「DNPミュージアムラボ」という取り組みの中で、DNPがルーヴル美術館と一緒に新しい鑑賞方法を考えるプロジェクトをしていることを知り、とても興味を持ちました。あらゆる美術館や博物館と協働しながら新しい体験を生み出せることに魅力を感じて、入社を決めました。

松下大学院での経験がそのまま仕事につながっていますね!

田井はい、生きています! 文化財などの保存と公開の考え方はずっと学んできたことです。

松下文化財やアート作品って、ただ見るだけのものだと思っていました。でも、それらを保存して次の世代に伝えるという役割もあるんですね。そして、そこにはデジタル技術が活用できる。

田井その通りです。保存の観点でも、公開の観点でもデジタル技術はとても重要です。

松下インターネット上などで見ることができれば、現地になかなか行けない人にも喜んでもらえそうですね!

作品表示イメージ、「みどころ」表示イメージ
「みどころビューア」で「みどころ」を拡大表示する様子

田井はい。でも私は、実際の美術館や博物館に足を運んでいただくことも絶対になくしてはいけないと考えています。唯一無二の作品を現地で見ることは、デジタル技術がどんなに進化しても遺していきたいし、必要なことだと思います。だからこそ、「みどころシリーズ」は、そこに至るきっかけをつくったり、現地での体験をより充実させたりするために活用していきたいです。
具体的には通常の体験ではできないこと、例えば実物を超えるくらい大きく見せたり、リアルでは近づけない空間に入ったり、文化財を持ち上げて背面を見てみたりなど、さまざまな体験を提供して、少しでも興味を持ってもらえるような工夫をしています。これにはVR・ARなどのICTに加え、認知科学や五感をともなう体験の研究など、学術的な視点も採り入れています。

松下ちゃんと根拠があるわけですね! 私はこれまで、文化・芸術の分野に興味を持ったことがなくて、なかなか身近なものに感じられませんでした。でも、学術的な研究結果が入っていると考えると、とても興味が湧いてきました。

田井さすが研究者ですね!

松下私たちが開発する三次元臓器「ミニ腸」もそうですけど、社内だけでは完結しない技術や発想を掛け合わせて出来ているということですね。

田井その通りです。先ほどの学術的な研究は大学の先生等と連携しながら進めていますし、そもそも文化財やアート作品の情報はそれを研究している学芸員さんたちから得なければいけません。また「みどころシリーズ」は、情報デバイスの進化によって、より充実した体験を提供できるという側面もありますので、デバイスメーカーの方々ともコミュニケーションをとっています。
このような外部のパートナーの方々と連携しながら、全体的な価値を生み出すことを心掛けています。

松下社外のパートナーもいろいろな分野の方々ですね。それを調整するのは大変じゃないですか?

田井もちろん簡単なことではないです。まず最終的な目的や提供すべき価値を設定して、実現する手法を考える必要があります。大事なのは、目的と体験価値をぶれないようにすること。例えば、ゴーグルやグラス(メガネ)などのデバイスは新しいモノがたくさん出てきますが、単純に新しいモノを使えばいい仕組みができるというわけではありません。あくまでも目的と価値に立ち返ることが大切だと考えます。そうしたことをパートナーの皆さんとも共有して、同じ方向に進めるようにしてきました。

松下そうですよね。私も社外のパートナーの方と一緒にお仕事をすることが多いので、参考になります!

田井

「文化・芸術の力に知的情報を掛け合わせて、好奇心を刺激する体験を提供したい」

松下「みどころシリーズ」のこれからの展開として、どのようなことを考えていますか?

田井BnFはフランスでしたが、日本国内でも「みどころシリーズ」を展開できる場所は多くあると考えています。例えば国立の大きな美術館・博物館にはお客さんがたくさん集まりますが、地方には集客に苦労しているところがたくさんあると聞きます。だけどそういった場所にも、たくさんの魅力的な文化財やアート作品が保存・展示されています。そうした地方の美術館・博物館などに対しても、地元の人や観光客等に支持されるような新しい価値を提供していきたいと考えています。

松下なるほど。文化・芸術に興味がなかった人が興味を持つきっかけにもなりますね。「みどころシリーズ」の体験は、その人にとっての新しい情報を楽しく理解できるので、教育の現場との相性も良さそうですね。

田井そうですね。松下さんのような理系の方が興味を持ってくれたこともひとつの発見でした。

松下文化・芸術の知識はなくても、デジタル技術の活用という面から興味が湧きました。これまでだと気づかなかった魅力が発見できたように感じています。

田井一般的に、文化財やアート作品の鑑賞はちょっと難しいと感じている人もいるかもしれません。でも、その作品に関するちょっとした知識を得るだけで、見方がガラッと変わります。例えば、西洋の絵画に多く描かれている人物の絵を想像してください。そこには西洋ならではのお約束ごとがあって、裸の姿で描かれていると神話の神々や神聖な人物であるとか、この色の服を着ている人物はこの人だとか、そういった意味付けがされているわけです。そういう知識も併せて提供することで新しい体験価値につなげていくことができます。

松下「みどころシリーズ」が社会に与える影響はどのようなものでしょう?

田井根本的な考え方として私たちが持っているのは、やっぱり、“人々の生活を豊かにする”ということです。文化・芸術には、もともとそのような力が備わっていると思っています。それに加えて、興味や理解を深める知的情報で人々の好奇心を刺激することは、より充実した豊かな生活につながります。
さらには、先ほども少し触れたように“地域創生”にもつなげたいと思っています。「みどころシリーズ」を地域の美術館・博物館に導入することで、地元や近郊の人たちが興味を持ってくれて、頻繁に足を運ぶようになる。そうすると地元の人々に地域へのさらなる愛着が芽生えて、誇りが醸成される……。そういったストーリーを考えています。そこからさらに観光につなげ、地元の生活者を巻き込んで関係者を増やすことで、地域の発展にもつなげたいと思います。文化財やアート作品を中心にして、地方を元気にしたり、日本全体のコンテンツ産業を高めることができたらいいな、と思っています。

松下すごい! 壮大ですね!

田井文化財やアート作品は、世界中・日本中のあらゆるところに存在します。そしてそれらは、それぞれの国や地域、それぞれの時代で誕生した表現手段です。つまり、作品が生まれた背景を知らないままだと、作品を見ても「なんのこと?」となってしまう。裏を返せば、それぞれの国・地域の特徴や、つくられた当時の価値観・時代背景などを知ることで、多様な視点が開けるということです。その視点を開くツールとしても、「みどころシリーズ」は意義があると考えています。

松下まさに今日はそれを体験できました。

田井今回は、文化・芸術の分野で話していますが、この「みどころシリーズ」はそれ以外の場面でも活用できると考えています。例えば、学校の授業で活用したり、企業ショールームでの商品紹介や工場見学の展示などへ応用したり。印象的な体験を通じて来場者の興味・関心を広げることが求められるシーンでは、うまく使えると思っています。文化・芸術の分野で培ったノウハウが、違う分野でも活用されたらうれしいです。

松下いいですね! いろんなところでこういった体験ができれば、生活が楽しくなりそうです。

田井松下さんが取り組む「ミニ腸」とも、全く違う分野のようで、共通点もあると思います。

松下私もそう思っていました! 分野は全く違うんですが、「豊かな生活に貢献したい」という想いは一緒だと思います。

田井そうですよね! 「みどころシリーズ」は心の健康を、ミニ腸は体の健康を実現するものだと思います。アプローチは違いますが、豊かな生活をつくるという大きなゴールに向かって、力を合わせて一緒にやっていきたいですね。

松下はい、私も頑張ります! 今日は本当に勉強になりました。今まで文化・芸術と縁遠かった身としては、このような体験ができるというのは衝撃的でした。また、田井さんのお話を聞いて、たくさんの学術的な部分が体験に活かされているとわかって、研究者としてもすごく刺激をもらいました。貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。

田井こちらこそありがとうございました。

DNPのデジタルアーカイブソリューションでは、デジタル処理技術を中心に、アーカイブ事業のトータルサポート体制を構築しています。「行政文書」や「貴重資料」「美術作品・文化遺産」などの文化財に対して最適な手法と業務プロセスをご提案しています。
https://www.dnp.co.jp/biz/theme/cultural_property/

2023年2月公開