2020/6/1

いま、求められるEdTech ~GIGAスクール構想、休校対応から見えてきたこと~
デジタルハリウッド大学大学院 佐藤昌宏 教授

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学校教育現場のICT環境を推進するため、国は「GIGAスクール構想」によって、児童生徒1人1台端末及び高速大容量のネットワークを一体的に整備する政策を進めています。一方で、今回の新型コロナウイルス感染対策に伴う休校措置では、オンライン授業などの対応などに大きな課題が生じています。
そこで、テクノロジーを活用した教育のイノベーションを推進する「EdTech」の第一人者である、佐藤昌宏教授・デジタルハリウッド大学大学院に、これまでの対応状況から見えてきた課題や、子どもたちの学びを止めないEdTechの可能性について話をお聞きしました。

◆プロフィール

デジタルテクノロジーにより教育にイノベーションを起こす「EdTech」のフロントランナー。
92年NTT入社。99年無料ISPライブドアの立上げに参画。02年デジタルハリウッド株式会社執行役員に就任。2017年には一般社団法人教育イノベーション協議会を設立、代表理事に就任。また、内閣官房教育再生実行会議技術革新WG委員、経産省「未来の教室」とEdTech研究会座長代理など教育改革に関する国の委員や数多くの起業家のアドバイザーなどを務める。著書に「EdTechが変える教育の未来」(インプレス)がある。

“オンラインの前提”がなかった日本の公教育

Q.新型コロナウイルスの蔓延によって、全国的に休校措置がとられています。主な問題点は何でしょうか?

学校の一斉休校では現場の先生方のご苦労はもちろん、保育園で働いている保護者の支援をどうするかなど多くの課題が明らかになっています。なかでも懸念されているのが、子どもたちの学びが止まることです。現状では先生が家庭学習用の紙教材やプリントを配布するといった対応がほとんどですが、長期化に伴って、それだけでは乗り切ることが難しくなっています。
そこで、新たな学びのスタイルとして期待されているのが家庭でのオンライン学習ですが、2つの問題が見えてきました。1つは、インターネット環境やデバイスなど、デジタルを使って家庭学習を行う環境が整っているか。2つ目は、そうした学習を取り入れた場合、義務教育の一環としてみなしてもらえるのかという制度上の問題です。

Q.家庭でのオンライン学習について、諸外国の動きを教えてください。

中国では、約2.7億人の子どもに向けた学習をオンラインに切り替えました。2015年くらいから、世界における「EdTech」先進国は中国になっており、ベンチャー企業等々への投資額は米国を超えて世界第1位。それが家庭へのオンライン化への対応がスムーズに行われた背景になっています。
また、オンラインを使った学びの実証研究をずっと進めてきたアメリカでも、スタンフォード大学やMITなどがオンライン講義に移行し、ハワイ大学も全科目がオンライン化されています。そう見ると、スムーズに運べている国とそうでない国の違いは、オンラインのよさを取り入れようという思想があったかどうかで、これまで日本にはそれがなかったから苦労しているといえます。

Q.学習の遅れを防ぐオンライン授業の導入が進んでいない背景はそこにあると。

日本でもデジタルを使った学びを取り入れている学校もありますが、依然としてマジョリティではない。私は2009年から「EdTech」の推進を働きかけていますが、国も「GIGAスクール構想」を打ち出して、クラウド活用を前提にした1人1台端末や高速大容量ネットワークの整備に乗り出しました。その渦中に新型コロナウイルスの問題が発生したことで、教育界全体がスピード感を上げなければという意識に変わってきました。
どんなことが変わってきたかというと、ネットワーク環境がない家庭に対して、モバイルルータの貸し出しを決めたこと。制度上の緩和としては、オンラインを使った授業では、著作権上、教科書を画面に映すことを認める動きが始まったこと。さらに、オンライン授業を授業の一環として認める方針も見えてきました。特に、大学は遠隔授業で取得できるのが60単位までと制限されていたものが、取り払われようとしています。

  • 4月2日に開かれた政府の規制改革推進会議(第1回 新型コロナウイルス感染症対策に関する特命タスクフォース)、また4月7日公表「文部科学省 緊急経済対策パッケージ」では、自宅でオンライン授業が受けられる ICT環境の早急な整備とともに、教師不在でも正式な授業に参加しているものと認めること、高校、大学における遠隔授業の単位取得数の制限緩和などが提案されました。また、セキュリティに関するケアについても、多くの企業が支援することを表明しています。

EdTechを推進し、子どもの学びを守る

Q. こうした中、佐藤教授は代表を務める一般社団法人教育イノベーション協議会を通じて、「マナビを止めるな!プロジェクト」を立ち上げています。

「GIGAスクール構想」や制度上の改革も含めて、私たちとして短期・中長期的にできることがあると考えています。中期で対応すべき制度上の緩和に関して、政府の規制改革推進会議のヒアリングを受けながら提言を行っています。
短期に現場でできる取組みでは、経産省の「学びを止めない未来の教室」や文科省の休校中に利用できるオンライン教材リンク集があり、民間企業も自社サービスを無償で提供する動きが始まっています。その音頭を取るべく、立ち上げたのが「マナビを止めるな!プロジェクト」です。
ここでは共感してくれる企業を、こうしたポータルサイトにつなげる活動をするほか、YouTubeチャンネルを開設して情報を発信しています。
但し、公教育で利用してもらうには、無償だからといって個人情報を集めて宣伝に使うような会社を紹介することはできません。私たちはそうしたチェック機関的な役割も担いつつ、今後は「EdTech」を使った実証授業なども進めたいと考えています。

オンライン・エチケットと時間管理が課題

Q.教育委員会や現場の先生方は何を準備、対応していくべきなのでしょうか?

先生方のSNSを見ると、今まさにスイッチが入り、オンライン会議の仕組みを使いながら、学びの試行錯誤が活発に行われるようになっています。私がやりたかったのは、まさにこうした取組みが広がることで、制度や仕組みのハードルを下げれば、先生自らが工夫して活用していくはずです。
教育委員会や現場の先生方に期待するのは、これまで制度上使えなかったツールが利用できるようになっていることから、この環境を使っていかによい授業をしていくかを考えることです。これは対面授業でやってきたものをオンライン版に置き換えることですから、ぜひ試行錯誤しながら取り組んでいただきたいと思います。

Q.家庭でのオンライン学習で留意すべきこと。また、紙教材を含めたスタディ・ログの活用について教えてください。

Zoomがいい例ですが、普及することでセキュリティの問題が浮上してきます。デジタルツールを使う上では、まず最新版にアップデートする、パスワードの取り扱いに注意するなど、当たり前のリテラシーにぜひ留意してほしいと考えます。
また、家庭におけるオンライン学習では、子どもたちの生活習慣が乱れるといった課題があります。いつでも学習できるため、自分で時間管理を行う必要があるからです。例えばインターナショナルスクールではしっかりとルールができており、先生や保護者の役割に関してはもちろん、パジャマ姿で机に向かわない、寝そべって受講しないといったオンライン・エチケットが設定されています。

一方、デジタルで学ぶメリットは、学習履歴をログ化して共有が図れることで、これを解析して1人ひとりに合った学びにつなげることができます。つまり、その先のスタディ・ログの活用には大きな可能性があります。
今、全国の現場の先生たちが、こうした状況下でも教育が行えるように、一生懸命に新たな取組みを行っていると聞きます。それでも、現状は、まだ端末やネットワーク環境が行き届いておらず、過渡期の状況といえます。そのため、まだ紙の教材が提供されているのが大半であり、特に低学年は紙に書くことが重要だということを踏まえれば、解答用紙を学校でスキャンしたり、家庭でスマホの写メで送ってPDFにできる。こうした紙の教材をデジタル化する仕組みも、特に移行に向けた過渡期の現在においては重要といえます。もちろん先生たちには、より充実したオンライン教育の取組みを進めていただきたいことを前提におく必要がありますが。

「教育とは何か」を考える機会にしたい

Q.一連の新型コロナウイルスに対する対応や、「GIGAスクール構想」などの国の施策を終えた後、日本の教育はどのように変わっていくのでしょうか?

新型コロナウイルスは日本人のDNAに大きな変化を刻んだと思います。それは東日本大震災のときと異なる、これまで経験したことのない不安定さに立ち向かう、答えのない問題に対して試行錯誤しなければならないというものです。
不謹慎かもしれませんが、これはある意味、教育の本質と向き合うチャンスだと思っています。というのは、休校措置という環境に置かれ、デジタルツールを使って試行錯誤していくと、学校という場所の本質的な意味、もっといえば教育とは何なのかを国民全体が考える、いい機会になるのでないかと感じたからです。

また、今回の新型コロナウイルスとの戦いは一過性で終わるものではなく、第2波第3波がやってくるでしょう。そうすると「Afterコロナ」というよりも「Withコロナ」を視野に入れた教育のあり方を考える必要があります。だからこそ、100年前のスペイン風邪の頃と違って、デジタルテクノロジーをフル活用することで、この難局を乗り越えようとしていると思いますし、それは国のSociety 5.0時代に向けた政策とも合致するところです。
これまでは既存の文化やしきたり、制度といったものに阻まれていたことがあったと思いますが、今後はそれをいかに乗り越え、先生方を含めた教育に関わる人たち全員がテクノロジーを上手く使っていくかが大切になると考えます。

個別最適化学習に向けた格差が広がる

Q.家庭の事情に関わらず、誰でも平等に教育が受けられるのが日本の教育のよさだと思いますが、今後の教育のあり方についてはどう考えますか?

かくれ不登校や落ちこぼれる子どもが年々増える中で、これまでのユニバーサルサービス的な日本の教育について見直す時期を迎えていると考えています。なぜかというと、学習塾やインターネットなどの普及によって知的欲求が充たされるようになっているからで、その結果、学習者がどんどん多様化しているのが現状だからです。

その中で、これまでの公教育の形が「日本の教育のよいところ」と見なしていいのかという問いに立ち返るべきだと思っています。今後10年、20年を見据えたときに、このままの教育をキープしていくことが正しいのか。それゆえ、新しい教育のあり方を提案しているのです。
これまでの制度の中で、先生が一人ひとりに合わせた指導を行うには限界が来ているのは明らか。デジタルテクノロジーを使った個別最適化学習の可能性に賭けることは当然だと考えます。さらにいえば、これから公教育自体がユニバーサルサービスでなくなる可能性がある。というのは、現在の自治体のICT整備状況を見ても、地域によってかなりスピード感が違ってきており、フルデジタルな学校もあれば、これまでと変わらない環境の学校もあるからです。公教育といえども首長の考え方によって大きく環境が異なってしまうわけで、今後そうした違いが大きくなっていくと感じているからにほかなりません。

Q.最後に、現場の先生たちへメッセージをお願いします。

※佐藤教授には、今回WEB会議システムを使ってお話を伺いました。

教育の本質を考えるラストワンマイルは「教育現場」にあると思っていますし、毎日子どもたちと対峙している先生方のことは、とてもリスペクトしています。なかでも現在、「Withコロナ」を視野に入れた試行錯誤をしている先生方に関しては、これからの教育をつくっていく先導的な役割を担っていると日々感じています。
私たちはそうした先生方の取組みを制度的に止めない、自由に試行錯誤できる環境をつくっていきたいと考えていますので、ぜひ、引き続き頑張ってほしいと期待しています。

◆<マナビを止めるな! YouTube チャンネル>
■経産省 未来の教室「学びを止めない未来の教室」
■文科省 「子どもの学び応援サイト」~臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト~

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